伝えたい言葉

───二組分の布団を居間に敷き終えた。ある程度の隙間を空けた布団に、何食わぬ顔をして入る。なるべく無一郎くんの方を意識しないようにと思っていたのに、彼からは不満そうな声が上がった。

「なんで隣に敷いてるの?なんで二組?」

「一緒に寝るって約束だったでしょ?」

「こっち」
もう一組の布団に座った彼は、自分の隣をぽんぽんと叩いて見つめてくる。

「…ちゃんと隣の布団で一緒に寝るよ」

「………話がちがう」

「…一緒の布団でとは言ってなかったもん」
負けじと言い返した。同じ部屋で寝るというだけでも、こっちはいっぱいいっぱいだというのに。寝顔だって見られるかもしれないし、イビキだってかくかもしれない。何よりも自分の寝相の悪さを自覚しているので、最悪無一郎くんを蹴りとばしてしまう可能性だってある。

そんなの絶対無理…!
落ちつきがない手で布団を引き寄せ、そっぽを向いた。すっかりいつもの調子を取り戻した彼は、大人しく引き下がってはくれないのだ。

「寒くて眠れない」

「…湯たんぽ用意するよ。どこにある?」

「湯たんぽ持ってない」
さっきの部屋に置いてあったと思うんだけど。言いかけた言葉をなんとか飲みこんだ。

「…じゃあ火鉢だそうか」

「火鉢も持ってない」
思いきり後ろにあるのが見えているんだけど。それも言いかけてなんとか飲みこんだ。

嘘をつくとわかりやすく顔に出る兄とは違い、彼は顔色一つ変えない。けど家主がないと言っているんだから、きっとないんだろう。居間の隅に置かれてある球体の陶器も、火鉢に見えるけど火鉢じゃないのかもしれない。私が見た湯たんぽは、湯たんぽに似た何かだったのかもしれない。

「………どうしたらいいの?」

「だからこっち」
無一郎くんは再び自分の布団を叩いて言った。

「私寝相悪いから…たぶん無一郎くんのこと思いきり蹴っちゃうよ。いいの?」

私にとっては深刻な内容で、いたって大まじめな話をしたつもりだったのに。吹き出して大笑いをしだす無一郎くんに頬を膨らませた。
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