溢れる想いの先に

*襧豆子side*

「…なんで…っ」
彼の言葉に心から安心して、強がって張りつめていた心が、やわらかく溶けていく。

拒絶されたらどうしよう。
冷たい言葉を吐かれたらどうしよう。
帰ってほしいだなんて言われたらどうしよう。そんなことばかりを考えて、本当は怖かった。

堰を切ったように、言葉がぽろぽろと溢れだしていく。

「なんで…手紙のお返事くれなかったの…っ」
「…ごめん」

「何かあったのかなって、ずっと心配して…」
「………っ…うん…」

「何度も…っ…会いに行ったのに、いなくて…!」
「………うん…ごめん」

「…っ!何か、しちゃったのかと思って…っ!」
「ちがうよ!それは絶対にちがう」

少しだけ彼の手が緩んで、そっと私の頬にふれた。言葉と共に溢れた涙を、骨ばった指が拭う。

彼の青みがかった緑色の瞳は、やはりとてもきれいだと思えた。

「………っ…嫌われたかと……思った…っ!」
子どものように泣きじゃくる自分は、なんてひどい顔をしていたんだろう。涙が一つ、また一つと流れ落ちて、はやく泣きやみたいのに止められなかった。


頬にふれる無一郎くんの手に、優しく力がこめられる。まっすぐと前に向かされたまま、そのまま唇に唇が重なった。ほんの数秒のことだった。

「………え…あっ…!」
一瞬離れた数秒で口づけをされたと理解する。
言葉を発する前にもう一度唇を塞がれた。

「んっ……ぁっ……」
突然のことに驚いて離れようとする私を察してか、さらに強く抱きしめられる。頬にふれていた手が、いつの間にか後頭部に回されて、さらに動けなくさせる。


「ん……!ま、まって……っ…ぁっ…」
言葉を紡ごうとしても、とめどなく降ってくる口づけがそれを許してくれなかった。

優しく噛みつくような口づけに目眩を覚える。最初からそこにあったかのように、本来の居場所へ帰るかのように、彼へ引き寄せられた。ふたりの間に絡み合う視線と唇が、今まで離れていた時間を埋めるように求める。

「…ふ…!…っ…ん……!ッ…」

「んっ……襧豆子…」

会いたかった。
唇の隙間から、もう一度無一郎くんがつぶやいた。口づけで止まっていた涙が、再び溢れだしていく。彼の背中に手を回して、小柄ながらも引き締まったその体を抱きしめた。無一郎くんの胸に顔を埋めて、熱を帯びた体に頬を擦り寄せる。

「………私も、無一郎くんに会いたかった」
涙をこらえ、震える声で紡いだ言葉はちゃんと届いていた。顔を上げられ、また口づけがおりてくる。

風邪がうつっちゃう。今さらだけど。

どこか冷静な自分が頭の中にいた。


───でも、いいや、うつっても。

冷たい部屋の中、ふたりの熱がまた交わりだす。逃がさないとばかりに求められる唇が、体が、徐々に思考を奪っていった。
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