溢れる想いの先に

*無一郎side*

軽やかな足音が遠くから聞こえる。
なぜだか耳に心地よくて、まるで子守唄のようだった。ずっと聞いていても飽きないけど、だんだん意識がはっきりとしてくる。遠くから聞こえていた足音が、次第に明確になってきた。

ゆっくり瞼を開けると、ほのかな光が天井を覆っていた。

なんだろう…。
徐々に開けてくる視界の中、居間と廊下を隔てる襖から光が漏れているのに気づく。上半身を起こし部屋の中を見渡すと、はっきり感じる誰かの気配。廊下の方から、物音が聞こえてきた。

………誰だ?
足元がすぐそこまで迫っていた。襖が開けられた瞬間、息を呑む。

「無一郎くんっ。起きた?」
ひょっこりと顔をだしてきたのは、今日まさに手紙を送ろうとしていた相手だった。淡い記憶が電流のように、体中へ駆け巡る。久方ぶりに向けられたその笑顔は、やはり日だまりのように温かく、泣きそうなほど優しさに満ちていた。

「………襧豆子。どうしてここに?」

「銀子ちゃんに頼まれたの。無一郎くんが病気だから来てほしいって…あ、ごめんね、勝手に入って。厨も借りてるね。隣の部屋にお布団も敷いたんだけど、私じゃ無一郎くんを運べなくて…動ける?」

襧豆子が僕の顔をのぞきこんでくる。
よく見ると、自身の体には掛け布団がかけられていた。

「………夢?」
これは夢かもしれない。本当にそう思って、つい口に出していると、ふふっと襧豆子が笑った。

「夢じゃないよ。本物だよ」

一度は手放そうとしていた想いが、いとも簡単に溢れだしていく。

襧豆子を前にするだけで。
襧豆子が笑ってくれるだけで。

襧豆子が、そばにいてくれるだけで。

「そうだ、お水飲む?待ってて」
立ち上がろうとする彼女の手首を引き寄せ、その細い体を胸の中に閉じ込めた。

驚く声が彼女の唇から漏れて、その愛らしい声ごと包む。初めてふれたときから、この子をずっと抱きしめたかった。強く抱きしめる力は、自分でも抑えられない。

ただ───。

「…む、無一郎くん…?どうし…っ……!」

「…会いたかった」
耳元でそっとつぶやいた言葉は、しっかりと彼女に届いていた。腕の中で息を呑んだのが、温もりを通して伝わってくる。

「…会いたかった。襧豆子」
言葉にした瞬間、目頭が熱くなって、想いが涙へと変わる。また強く抱きしめると、彼女が震える声で紡いだ。
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