溢れる想いの先に

姿が見えなくなった銀子ちゃんから、再度無一郎くんの家を見上げた。家の中に明かりはついていないようで、真っ暗だった。

遠慮がちに戸を叩いてみるも、中から無一郎くんが出てくる気配はない。そっと入口に手をかけてみると、鍵はかかってなく容易に開けられた。

「無一郎くん…?いますか?」
家の中は静まりかえっていた。一歩踏み入れたところで、ふと自分の足元を見やる。走っている途中に鼻緒が切れてしまい、途中で草履を脱いで足袋だけになったのだった。泥だらけの足元を見て、一瞬中に入るのを躊躇うが、そうも言っていられない。

上がり框のところまで行って、泥だらけの足袋を脱いだ。裸足になってしまうが仕方ない。あまり意味はないかもしれないが、ハンカチで足を丁寧に拭いておく。

「無一郎くん…いますかー?…おじゃましまーす」姿の見えない家主にもう一度声をかけながら、今度こそ家の中へと上がる。玄関からまっすぐに伸びる廊下を歩いて、すぐ左の部屋を開けた。ずっと前に一緒に折り紙を折って遊んだ部屋だ。

確か、ここが居間だったはず。
部屋の中は寒くて暗くて、それでも机の前に人影を確認できた。


「…っ…!無一郎くんっ…!」

すべりこむように駆け寄ると、仰向けになっている無一郎くんがいた。畳の上に長い髪が広がり、布団も敷かないまま眠っている。

上気した頬に、少しだけ呼吸が荒い。
おでこにふれると、みるみる手の平から熱い熱が伝わってきた。久方ぶりに見た想い人は、なんだか少し痩せたようにも思える。

こんなに辛そうなのに、ずっとひとりでいたのだろうか。こんなに広い家に、ひとりで…。

ぐるりと部屋の中を見渡した。見れば見るほど立派な家で、ここに無一郎くんがひとりで暮らしていることに、切ない気持ちになった。なぜだか私が泣きそうになってしまう。

けど、今はそれどころじゃない。緩みそうになる涙腺を抑え、勢いよく立ち上がる。やるべきことを順番に頭の中で整理しながら、動き始めた。
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