溢れる想いの先に

───帰路へ向かう最中に、それは聞こえた。

断末魔の叫び声は鼓膜がやぶれそうなほどに聞いてきたから、この騒ぎは大方、ひったくりでも出たのかもしれないと判断できた。本当に命の危険が迫ったときのそれとは異なっている。

下を向いて歩きながら、行き交う人々の会話に耳をすませた。『盗られてる』『逃げた』『誰か─』端々に聞こえる言葉を繋ぎ大体の状況を察すると、手頃な石をふたつ掴みとった。

野次馬の人垣を潜り抜くと、切羽詰まった様子で通りを疾走してる男が見えた。手には茶封筒が握られている。町を出て、山まで逃げるつもりかもしれない。

人差し指を折り曲げ土台を作ると、その上に石を置いて親指ではじき飛ばした。男の側頭部へ石が命中する前に、彼女の叫び声が聞こえた。

「だめ!返して!!!」

「………ねず…っ…!」
走り去る男へ声を投げていた彼女は、その様で被害にあった本人だとわかった。襧豆子がいることにも驚いたが、それよりも先にと、石を再びはじき飛ばす。

男の足に命中すると、観念するように動きを止めた。

───襧豆子のそばまで行けなかった。まるで自分まで拘束されてるみたいに、足も手も動かすことができなかった。

襧豆子の目線の先に、ひったくりを抑え込む善逸がいた。

突然鉛でも降ってきたように胸が重く、自分でもわかるほどに息を呑んでいた。善逸の姿を確認した彼女は、安堵の表情で駆け寄っていく。
どよめく胸の鼓動が苦しくて、胸元を抑え掴む。

───だめなんだ、自分では。
邪魔をするな。襧豆子の未来を奪うな。

何度も言い聞かせたくせに。


己の矛盾を愚かなほどに主張しているのは、懐に眠らせた小さな指輪おもい

痛くて潰れてしまいそうなのに、指輪これだけは壊してはいけないだなんて、どこまで自分は悪あがきしているんだろう。

集ってきた人混みに紛れながら、身を隠すようにその場から走り去っていた。
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