溢れる想いの先に

*無一郎side*

昨晩は一段と冷えていたように思う。
机に向かって手紙をしたためる内に、いつの間にかそのまま眠っていたらしかった。手の甲についてしまったインクは乾き、石鹸を使わないと取れそうにない。

部屋の空気は冷たいのに、体がやけに熱かった。

再び机に向かおうとすると、紙面の文字がくすんで見えた。庭から自分を呼ぶ銀子の元へ向かうと、すぐに蝶屋敷へ行くよう促される。

案の定、風邪との診断を受けてしまった。
栗花落さんたちに蝶屋敷で泊まったらどうかとも提案されたが、気持ちだけもらっておいた。その方がすぐに治るし楽かもしれないが、まだ手紙の続きが書けていないのだ。

「今日ハモウ休ミナサイ」
バサッと羽根を広げる音が耳元で聞こえる。蝶屋敷帰りの僕の肩へ、銀子が乗ってきた。

「手紙、もうすぐ書き終わるから。待ってて」

「治ッテカラデイイジャナイ」

「大丈夫だよ」
「襧豆子ガ心配スルワヨ」

彼女の名を出され、つい口ごもる。本当は昨日のうちに書き終えて、今日銀子に持って行ってほしかったのに。けれど、こんな状態で書いた手紙は、果たしてまとまりのある文章になっているのか不安にも思った。

処方してもらった薬は、夜すぐに飲めるように居間の机に置いた。体は熱いのに、足元からぞくぞくと寒気がせり上がってきていた。

布団を敷くのも億劫で、そのまま畳の上に仰向けになった。天井の木目が歪んで、いびつな模様が無数に動いているみたいだった。蝶屋敷で飲んできた薬の効果なのか、瞼が重くなってくる。

少し眠ったら、手紙の続きを書かなくてはいけない。余白の残る手紙は、まだ彼女には渡せない。

頭の片隅でそんなことを考える自分を、嘲笑したくなった。いざ決心した途端に熱を出すなんて、もっとはやくに行動していればよかったものを。

「…やっぱり、やめろってことなのかな」

襧豆子は風邪なんてひいてないだろうか。
薄れゆく意識の中、想い人の姿を思い浮かべた───。
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