溢れる想いの先に

まるで店の常連客のような足どりで、一目散に指輪の陳列棚に向かった。

変わらず整列された指輪の中に、梅の花の指輪はすぐ見つけられた。ほっと安堵する。中央に嵌めこまれた宝石はやはり美しく、見る角度によって煌めきを変えていた。

「買うのか?」
突然背後から声がした。自分に声をかけているのだと、後ろを振り向くまでわからなかった。

「え、冨岡さん…?」
意外な人物がそこにいた。冨岡さんの背中ごしに、奥から店員が早足で近づいてくるのが見えた。

「これはこれは冨岡様。いつも当店をご贔屓にしていただきまして、ありがとうございます」

「あぁ。こちらこそ、いつも助かってる」
店員の背筋を伸ばすような言葉づかいと猫なで声は、一般の客相手に使うものとは違っているように感じた。人のことは言えないが、冨岡さんと宝飾店の関係性が全く結びつかない。

簡単な挨拶をすませ店員が戻っていくと、冨岡さんが僕に向き直った。

「時透もこういった店に来るのだな」

「…まぁ、たまに。冨岡さんこそ意外ですね。よく来るんですか?」

「俺もたまに程度だ」
たまに、の頻度でああいう対応になるのだろうか。店員の様子からするに、まるでお得意様のような扱いを受けていたが。

「指輪を買おうとしてたのか?」

「!?…っ…見てただけです」

「?そうなのか。真剣な様子だったから、てっきり買おうとしているのかと思っていた」

そう言いつつ、さほど興味があるわけでもないといった様子で、冨岡さんが指輪の陳列棚をのぞきこんだ。押し黙って吟味している横顔を眺めていると、もしかしたらと思わずにいられなかった。

「………誰かに、渡すんですか?」

「あぁ。指輪はまだ襧豆子に贈ってないからな。着物や髪飾りを贈ったときにはひどく困惑させてしまったが、指輪なら小さ──」

「待ってください!!!襧豆子に!?」
宝飾店に不釣り合いな大声が口から飛びでていた。
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