君よ進め

大声を出したからか、無意識に込めていた肩の力が抜けていく。へなへなと脱力するように、背中を床へ預け寝転んだ。

自分を挟むようにして、炭治郎と伊之助が両隣に座る。俺の真似をするように、二人も寝転がった。

「………なぁ、炭治郎。アイツから何か連絡とかあったの?」

「いや、それがまだ…どうしているのか俺も気になってはいるんだけど」

「前にネズ公が家行ったとき俺もついてったけど、いなかったぜ」

「………今日、町に行ったときさ。多分アイツいたんだ。聞き覚えのある音がした」

群がる人々の音にかき消されそうだったが、その音は確かに聞こえていた。すぐに離れていったけど、間違いなかった。今日の出来事を振り返っているうちに、だんだんと罪悪感が沸いてくる。

襧豆子ちゃんの涙を思い浮かべて、胸が痛んだ。

アイツがいるって言えなかった。
石を投げて襧豆子ちゃんを助けたのも、アイツだって。嫉妬心に駆られて教えてあげなかった。あんなに恋しがっているのに──。

羨ましい、妬ましいアイツにも腹が立つ。

「じゃあ…きっと元気にはしているんだろうな。多分、時透くんは…」炭治郎が言い淀んだ。俺からすれば腹ただしいけれど、同じ境遇の炭治郎には気持ちがわかるのかもしれない。

「…俺だってわかんなくもないけど。炭治郎、襧豆子ちゃんに話したんだよな?」

「あぁ」
「………ネズ公、なんつってた?」

伊之助が上半身を起こした。

「…襧豆子は強いよ。そんな誰もわからないような先のことより、今を生きようよ、だってさ。ただ、俺に対してと時透くんに対してだと、また違うと思うんだ」

「たしかにな」
上半身を起こし、この場にいないアイツを睨みつけた。いつの間にか猪頭をかぶった伊之助が、鼻息をフンと荒くした。

「俺様が引っ捕まえて、ネズ公んとこに連れてきてやろうか」

「そ、それはだめだ伊之助。こういうことは、二人の問題なんだから」

「んな必要ねーよ。たぶん襧豆子ちゃんは、もう大丈夫だ」

明日にでも明後日にでも、自分で何とかするはず。無惨の血にも負けなかった彼女が、炭治郎の妹でもある彼女が、がんばれないわけがない。炭治郎が小さな声で、ありがとうとつぶやいた。

「………今日、俺寝れそうにないや」
「付き合うぞ。善逸」
「ふんっ、寝ずの番ってやつか。得意分野だ」

的外れな伊之助の言動にも、今は突っこまない。二人の”いつもどおり”が嬉しかった。

襧豆子ちゃんの背中を押したのは俺だと。俺のおかげなんだと、いつかアイツにも笑顔で言いのけてやる。きっとそんな日がくる。今はまだ心が痛むけれど。それでも、いつか───。


冷たい夜風をずっと浴びて、体は冷えきっていた。背中を丸める自分に炭治郎がかけてくれたのは、襧豆子ちゃんが縫ってくれた半纏だった。次第にしゃくりあげる自分の声だけが響きだす。炭治郎に背中を撫でられ、伊之助は自分の猪頭を俺にかぶせてきた。
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