君よ進め

「本当に大丈夫?怪我してない?」

「うん。ありがとう善逸さん。善逸さんがいてくれてよかった」

「ひったくりがいると思ったら襧豆子ちゃんがいたんだもん。びっくりしたよ。お給金も取り返せてよかったねぇ」

お給金の入った茶封筒は、善逸さんのおかげで無事手元に戻ってきた。あの後ひったくりの男が警官に連行されていくと、群がっていた町民たちは散り散りと離れていった。助けてくれた人にお礼を言いたくて、人気がなくなってもしばらくあの場を離れずにいた。

けれど、やはりそれらしい人はどこにもいなかったのだ。

「今日は仕立て屋に行ってきたの?」

「うん。今回も無事に合格もらえました」

「ひひっ。さすが襧豆子ちゃんだねぇ」
隣を歩く善逸さんが、嬉しそうにはにかむ。

帰り道。私たちの住む山への登り口までは、あと少しだった。

求婚を機に何か変わるのかと思ったが、善逸さんとの関係は以前となんら変化はなかった。四人で協力しながら仕事も家のこともこなし、変わらず楽しく過ごせている。その中に微々たる気まずさはどこにもない。善逸さんの心遣いがありがたかった。

この人を好きになれたら、きっと幸せになれるのだろうな、とどこか他人事のように思った。

小瓶を取ろうと懐へ手を伸ばす。
もはや癖になってしまっている動作に違和感があった。


…小瓶が…金平糖がない!
いくらまさぐっても、なめらかな陶器の感触が見つからなかった。

「ない!」
思わず大声が飛び出る。焦りから動悸が早くなってきて、自然と眉間に皺が寄った。仕立て屋に行く前にはあったから…どこかで落とした?…ひったくりにぶつかられた時?私のただならぬ様子が伝染し、善逸さんまでおろおろと慌てふためく。

「ないって何が?何を落としたの?」

「金平糖が…ないの!」

「え、金平糖?」

「私、探してくる!先に帰ってて!」
踵を返して走ろうとすると、手首をつかまれる。

「待って待って襧豆子ちゃん!もうすぐ日が暮れるよ?金平糖なら、また今度買いに行こう?」


「だめなの!あれじゃないと意味ないの!!」
あの金平糖の意味など自分しか知らないのに、まるで怒鳴りつけるような大声を出してしまって、すぐに自分の行いに後悔した。善逸さんの瞳が大きく見開かれるのを見て、我に返る。

「…っあ、ごめんなさい。大事なものだから今日中に探したくて…すぐ戻るから先に帰ってて」

「…俺も行く。一緒に探すよ」
善逸さんが暗くなってきた空を見上げる。今の季節は日が落ちるのが早い。あと数刻もすれば、辺りは暗闇に包まれるだろう。

「急ごう!」
善逸さんが私の手を引いて駆け出す。今日の一連の出来事を思い出しながら、町までの道のりを急いで引き返した。
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