君よ進め

お給金をいただいた帰りは、いつも足どりが軽い。お兄ちゃんたちにお土産を買っていこうか、それとも何か必要な物はなかっただろうか。

熟考しながらお店を見て回っていると、呉服屋さんの前で立ち止まる。ふらりと足が向かっていた。

暖簾をくぐって店内に入ると、様々な柄の生地が目に入ってきた。鱗、市松、籠目、網代あじろ…眺めているだけで胸が弾み出した。あれこれと生地を組み合わせ、頭の中に素敵な着物や羽織が浮かぶと、やっぱり自分はお裁縫が好きだと実感した。

順に生地を眺めていると、無一郎くんがよく着ているエ霞文の生地があった。めずらしい柄ではないし、エ霞文の着物を着ている人はいくらでも見かける。それでも自分にとっては、彼を連想させる恋しいもののひとつだ。

愛おしい思いが湧きあがって、また胸が苦しくなる。

元気にしてるかな。風邪引いたりしてないかな。
どうして手紙のお返事、こなくなったのかな。
……やっぱり嫌われちゃったのかな。

そんなことばかりが頭によぎっては振り払う。

偶然にも、エ霞文の生地の隣に、麻の葉模様の生地が並べられてあった。私の着物と同じ柄の、麻の葉模様。こうして見ていると、まるで私と無一郎くんが隣同士にいるようだ。

肩を並べるように、共に過ごした日々が忘れられない。

───なんとなく。本当になんとなく。生地と生地の間の空間が気になった。隙間からは、木製で造られた陳列棚の木目が見える。

ふたつの生地の両端をつまんで、エ霞文と麻の葉をくっつけた。

「………よし」
小さなひとりごとが聞こえたらしい。近くで生地を眺めていた他のお客さんから、不思議そうな視線を感じる。はっと我に帰ると、結局何も買わずして、逃げるようにお店を出ていた。

……何をしているの、私は。
まるで子どもみたい。
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