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七竜2020、2020-Ⅱ【短編】

不器用パラドックス


「クー。愛してる」

手に持っていた漫画が床に落ちる。
二人きりのラウンジ。束の間の休暇。とは言っても、付き合い始めた当初にキスを済ませた以来、進展のない二人の間に、セージから突如爆弾が落とされた。


「えっ、な、え、何……、急にどうしたの?」

自身の隣でベッドに腰掛けるこの恋人は、普段から目立った愛情表現はしない。
付き合い始めてから、以前よりスキンシップへの許容が増えた程度だ。
クーは床に落ちた漫画を拾いあげると、適当にテーブルへと置いた。

「いや、少し考えたんだ」
「え、何を? おれ、なんかセージを心配させるようなことした?」
「心配……」

無言で俯き、思案するセージに、クーは漠然とした焦燥感に駆られる。

「まっ、待って! 考え込まれると、すっげードキドキするから……!」

確かに同班メンバーであるロザリーからは、『クーちゃんは人に対して距離感が近すぎるよ』と注意されることはある。
年齢性別問わず、やはり人が好きなのだ。人と関わることももちろん好きだ。
相手が自分を好いていようと、嫌っていようと、クーの中ではさほど差は無いほどに。
しかし、セージのことは特に特別好いている自身の気持ちには自覚している。ーーが、もしロザリーが言うことが正しいのであれば、いかんせんセージに気持ちを不安にさせてしまっている可能性も否めないのは事実だった。

「えっと、おれ、やっぱ気に触ることしてた……?」

不安そうに下から顔を覗き込むと、セージはクーの表情には気づかず、さも当然といった様子で口を開いた。

「やはり僕たちは、一時的なものだと思って」
「ーーへ?」
「この環境下だし。異性ではなく同性と関係を持ちたいと考えるのは、致し方ない……いや、それじゃ語弊が……。自然な考え方? の方が……」

つまり、彼は何が言いたいのか。
いや、言おうとしていることは分かる。
クーは胸中に渦巻く不快感を表に出した。

「それってさ、おれがセージと付き合ってるのは、気の迷いだって言いたいの?」
「……えと、」
「セージも、おれのこと、気の迷いで好きなの?」

気まずそうに視線を落とすセージ。
失恋に似た胸の痛みに、クーは顔を歪ませた。

「じゃあ何? おれのこと、嫌いなの?」
「き、嫌いってわけでは」
「じゃあ好きなの?」
「それは……分からなくて……」

ーーわからない。
では、何故「愛してる」なんて伝えられたのか。
どんな気持ちで、その言葉を投げかけたのか。

クーは突き飛ばすように、セージの両肩を押した。
ベッドのスプリングが跳ね、二人分の体重の重さで軋む音がする。
仰向けに倒れたセージに、覆いかぶさるように乗る。セージの頬に、クーの細い髪が垂れた。

「じゃあ何で、愛してるなんて言ったの? おれを試したいの?」
「っ、それは……」
「じゃあ、今ちゅーしてもいい?」

大袈裟に肩が跳ねる。
セージの紫の瞳がクーの目に向けられ、固定されたように動かなくなった。
きっと捕食される動物は、こんな顔をするのだろうと、クーは怒りの中にあるささやかな冷静さの中で、感じた。

「……おれは、セージのこと、こんなに好きなのに。何でセージはおれのこと、試すようなことするの?」
「いや、違、違うんだ。クー。えっと……なんて言えば、いいのか……」

視線は逸らさず、しかし何とかして言葉を紡ごうとするセージの不器用さに、クーはふと全身の力を緩めた。
クーと正反対に近い性格のセージ。それでもなんとか伝えようとする姿に、やはり可愛さを感じてしまうのは、惚れた弱みというやつなのかもしれない。

クーからの威圧が解けたのを感じ取ったのか、セージは一息ついて口を開いた。

「素直に、伝えたい、けど。でも、この気持ちは、本当に心からのものなのか、分からなくなる。本当は、違うのかもとか、考えてしまって。……だから、好きだと伝えたら、分かるんじゃないかって、思って……」
「もっと分かりやすく言って」
「ーー僕は、君が好きだ。愛してるんだ。でも、明日死ぬかもしれない。だから、本能的な感情で、動いているだけかもしれない。そう考えたら……分からなくなったんだ」

つまり、つまりだ。
不器用で、恋愛に初心な彼は、葛藤しながらも、分かりづらい愛情表現をしたというのか。
クーは困ったように笑った。

「……何それ。分かんない。不器用すぎじゃね?」
「っ、その、ごめん」

耳まで赤くして、そっぽを向くセージの頬に、クーは愛おしげにキスを落とした。
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