この街の奴らはput ya hands up!
。*゚+──独歩が虫歯になる話
そいつはなんの前触れもなく現れた。いや、予兆はあったのだろうが、多忙を理由に俺が気付かないフリをしていたに過ぎないのだ。
「ひっ……つあああああっ!?」
仕事ばかりの日々の小さな幸せ。一二三の手料理を口に運び咀嚼した瞬間、奥歯にとてつもない激痛が走った。
「独歩〜、ほっぺでも噛んだん?」
俺の悲鳴を聞いて、一二三はけらけらと笑う。
全く笑い事ではない。頬の内側を噛む方がまだマシな程の痛み。これは間違いない。
「む、虫歯だ……」
頬をおさえてそう呟く。一二三が眉を下げて心配そうな顔をした。
「あちゃ〜。独歩、最近忙しさに拍車が掛かってリビングで寝落ちしてんじゃん。ちゃんと歯磨きしてないだろ〜?」
恥ずかしいが、その通りである。夜遅くに帰宅し、仮眠のつもりが朝まで寝てしまう事もしばしば。そんな生活が続けば、虫歯になるのも当然だ。
初期の頃に治療を済ませておけばこんな事にはならなかっただろうに、まだ大丈夫だろうと放置してこのザマである。
虫歯が進行すると、治療に金も時間も掛かるのだ。社畜の平社員には、金銭的にも時間的にも痛い。もちろん現在進行系で歯も痛い。
奥歯に触れないよう、ハムスターのごとく前歯を使って食事を進めていると、一二三が呆れたように言った。
「早い所歯医者に行かないと、明日はも〜っと痛くなるぜ、どぽ太郎!」
「はぁ……」
行くなら明日の朝か。午前中はデスクワークを片付けておこうと思っていたのだが、この機を逃すと外回りの予定が詰まっている為難しくなる。
歯医者は遅くまでやっていないからな……溜まった仕事は残業して片付ければ良いか……。
「唯一の楽しみも楽しめなくなるなんて……」
「治療終わったら好物いっぱい作って快復パーティーしてやっから、そう落ち込みなさんなって!」
「ああ、楽しみにしてる……」
俺は頬を撫でながら力無く答えた。
翌朝。会社に遅刻の連絡を入れ、歯医者へ向かう。予約無しでも快く受け付けをしてくれた事に感謝し、待合室の長椅子に腰を下ろした。
そして「定期的に受診しましょう」や「正しい歯磨きの仕方」などのポスターを眺めていた時、治療室から大きな泣き声が響いて来た。
「びっくりした……。子供か。そりゃあ歯医者は怖いよなぁ」
二十九歳でも、久々の歯医者に若干足が竦んでいるのである。重い溜息を吐き出した瞬間、俺の名前が呼ばれた。
症状を伝え口を開ける。先生に「他にも何ヶ所か虫歯が出来ていますね」と言われた。
「あが……ういあえん ……」
そこから先生はテキパキと治療を進めて行く。
歯を削られている時、うっかり舌を動かして巻き込まれたら俺は一体どうなるのだろうかと考えていたら、今日の治療は終わっていた。
数千円といえど、予定に無かった出費には溜息が漏れる。次の治療の予約をおさえ、俺は歯医者を後にした。
それから約一ヶ月後。快復パーティーが待っている為、なんとか一時間半で残業を終え帰宅する。
「どぽ太郎〜! 虫歯完治おめっと〜!」
一二三が嬉しそうに出迎えて来る。テーブルには俺の好物が並んでいた。椅子に座り、早速食事を摂る事に決める。
「いただきます」
両手を合わせ、スプーンを手に取った。俺の向かい側に座った一二三は、頬杖をついてこちらを笑顔で見詰めている。
「うん! 美味い……!!」
しっかり噛んで味わえる幸せ。これだけはもう手放したくない。
歯磨きを怠る事は二度としないぞと強い誓いを立て夕飯を完食した時、一二三が洗面所から小さなカゴを手に戻って来た。
「じゃじゃーん! ドラッグストアで、歯ブラシとか歯磨き粉とか色々買ってみたんだ〜。意外と種類あるんだな〜」
カゴを覗くと、先端が薄めのものや毛がギザギザのものなど様々な歯ブラシが入っていた。歯磨き粉も数種類ある。
「自分の歯とか歯茎の状態に合ったものを使うのが良いんだってさ。フロスも置いてるんだから、ちゃんと使う事! 歯ブラシはあんま力入れないようにして──」
一二三先生の歯磨き講座が始まった。
歯医者の掲示板に「正しい歯磨きの仕方」というタイトルのポスターが貼ってあった事を思い出していると、一二三が唇を尖らせる。
「ちょいちょい! 俺っちの話聞いてんのかよ〜?」
「ああ、聞いてる聞いてる。とりあえず、この歯ブラシ試してみようかな」
一二三からすれば作った料理は美味しく食べて欲しいだろうし、俺だって疲れた身体を癒す為にも、せっかく作ってくれた料理は味わって食べたい。
俺は一二三の助言と歯医者で見たポスターの内容を思い出しながら、新しい歯ブラシを咥えたのだった。
─ END ─
【あとがき】
深い虫歯が出来て痛過ぎた為「もう小説のネタにしてやる!」となって書き進めていました。ほぼ私の実話です。そして今日また歯医者です_(:3 」∠)_
2026/04/23
そいつはなんの前触れもなく現れた。いや、予兆はあったのだろうが、多忙を理由に俺が気付かないフリをしていたに過ぎないのだ。
「ひっ……つあああああっ!?」
仕事ばかりの日々の小さな幸せ。一二三の手料理を口に運び咀嚼した瞬間、奥歯にとてつもない激痛が走った。
「独歩〜、ほっぺでも噛んだん?」
俺の悲鳴を聞いて、一二三はけらけらと笑う。
全く笑い事ではない。頬の内側を噛む方がまだマシな程の痛み。これは間違いない。
「む、虫歯だ……」
頬をおさえてそう呟く。一二三が眉を下げて心配そうな顔をした。
「あちゃ〜。独歩、最近忙しさに拍車が掛かってリビングで寝落ちしてんじゃん。ちゃんと歯磨きしてないだろ〜?」
恥ずかしいが、その通りである。夜遅くに帰宅し、仮眠のつもりが朝まで寝てしまう事もしばしば。そんな生活が続けば、虫歯になるのも当然だ。
初期の頃に治療を済ませておけばこんな事にはならなかっただろうに、まだ大丈夫だろうと放置してこのザマである。
虫歯が進行すると、治療に金も時間も掛かるのだ。社畜の平社員には、金銭的にも時間的にも痛い。もちろん現在進行系で歯も痛い。
奥歯に触れないよう、ハムスターのごとく前歯を使って食事を進めていると、一二三が呆れたように言った。
「早い所歯医者に行かないと、明日はも〜っと痛くなるぜ、どぽ太郎!」
「はぁ……」
行くなら明日の朝か。午前中はデスクワークを片付けておこうと思っていたのだが、この機を逃すと外回りの予定が詰まっている為難しくなる。
歯医者は遅くまでやっていないからな……溜まった仕事は残業して片付ければ良いか……。
「唯一の楽しみも楽しめなくなるなんて……」
「治療終わったら好物いっぱい作って快復パーティーしてやっから、そう落ち込みなさんなって!」
「ああ、楽しみにしてる……」
俺は頬を撫でながら力無く答えた。
翌朝。会社に遅刻の連絡を入れ、歯医者へ向かう。予約無しでも快く受け付けをしてくれた事に感謝し、待合室の長椅子に腰を下ろした。
そして「定期的に受診しましょう」や「正しい歯磨きの仕方」などのポスターを眺めていた時、治療室から大きな泣き声が響いて来た。
「びっくりした……。子供か。そりゃあ歯医者は怖いよなぁ」
二十九歳でも、久々の歯医者に若干足が竦んでいるのである。重い溜息を吐き出した瞬間、俺の名前が呼ばれた。
症状を伝え口を開ける。先生に「他にも何ヶ所か虫歯が出来ていますね」と言われた。
「あが……
そこから先生はテキパキと治療を進めて行く。
歯を削られている時、うっかり舌を動かして巻き込まれたら俺は一体どうなるのだろうかと考えていたら、今日の治療は終わっていた。
数千円といえど、予定に無かった出費には溜息が漏れる。次の治療の予約をおさえ、俺は歯医者を後にした。
それから約一ヶ月後。快復パーティーが待っている為、なんとか一時間半で残業を終え帰宅する。
「どぽ太郎〜! 虫歯完治おめっと〜!」
一二三が嬉しそうに出迎えて来る。テーブルには俺の好物が並んでいた。椅子に座り、早速食事を摂る事に決める。
「いただきます」
両手を合わせ、スプーンを手に取った。俺の向かい側に座った一二三は、頬杖をついてこちらを笑顔で見詰めている。
「うん! 美味い……!!」
しっかり噛んで味わえる幸せ。これだけはもう手放したくない。
歯磨きを怠る事は二度としないぞと強い誓いを立て夕飯を完食した時、一二三が洗面所から小さなカゴを手に戻って来た。
「じゃじゃーん! ドラッグストアで、歯ブラシとか歯磨き粉とか色々買ってみたんだ〜。意外と種類あるんだな〜」
カゴを覗くと、先端が薄めのものや毛がギザギザのものなど様々な歯ブラシが入っていた。歯磨き粉も数種類ある。
「自分の歯とか歯茎の状態に合ったものを使うのが良いんだってさ。フロスも置いてるんだから、ちゃんと使う事! 歯ブラシはあんま力入れないようにして──」
一二三先生の歯磨き講座が始まった。
歯医者の掲示板に「正しい歯磨きの仕方」というタイトルのポスターが貼ってあった事を思い出していると、一二三が唇を尖らせる。
「ちょいちょい! 俺っちの話聞いてんのかよ〜?」
「ああ、聞いてる聞いてる。とりあえず、この歯ブラシ試してみようかな」
一二三からすれば作った料理は美味しく食べて欲しいだろうし、俺だって疲れた身体を癒す為にも、せっかく作ってくれた料理は味わって食べたい。
俺は一二三の助言と歯医者で見たポスターの内容を思い出しながら、新しい歯ブラシを咥えたのだった。
─ END ─
【あとがき】
深い虫歯が出来て痛過ぎた為「もう小説のネタにしてやる!」となって書き進めていました。ほぼ私の実話です。そして今日また歯医者です_(:3 」∠)_
2026/04/23
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