ヒプノシスマイク♡プリキュア

。⁠*゚⁠+──☆麻天狼プリキュア
最終話『最終決戦! 闘いはローカルVS中王』


 世間はこれから休日を満喫するであろう土曜日の朝。俺はいつも通りスーツを纏って会社へ向かう。
 信号待ちをしながら街頭ビジョンに流れるCMをぼーっと眺めていると、突然ノイズを発して映像が変わった。
 中王区のマークが大きく描かれたショッキングピンクのスクリーンを背に立つのは、言の葉党のNo.2、勘解由小路無花果である。
「プリキュア共! 今すぐ中王区へ来る事だ! 分かっているだろうが、貴様等に拒否権は無い!」
 高圧的な態度で言い放つと、ぷつりと映像が終わり何事も無かったかのように再びCMが流れ出す。
「え、今の何……?」
「プリキュア?」
 ざわつく街中を気に掛ける暇も無く、俺は中王区へ向かった。クソぉ……また課長にどやされる……。
 中王区の高い壁の前に到着すると、そこには先生と一二三が揃っていた。
「お待たせしてすみません……!」
「大丈夫ですよ。では行きましょうか」
 気を引き締めて先生に続いて歩き出した時、聞き覚えのある声に呼び止められた。
「誰かと思えば、寂雷さんじゃないすか」
「おや、一郎くん」
 見るとそこには、イケブクロディビジョンの三兄弟が揃っている。
「こんな所で会うなんて奇遇っすね。中王区に用すか?」
「少々ね。一郎くん達こそどうしたんだい?」
「俺達もまぁ、ちょっと色々あって」
 二人がそんなやりとりをしていると、更に人が増えて来た。
「あっれ〜? サマトキサマだ〜!」
「あ? うるせぇと思ったら乱数か」
「随分と賑やかじゃねぇか! 拙僧達も混ぜてくれや」
「どうも皆さんお揃いで〜! 簓さんがオオサカから出張営業に来たで〜!」
 どういう訳か、主要ディビジョンの代表チームが勢揃いしている。ざわざわと盛り上がっていると、高い壁の門がゆっくりと開いた。
 中から出て来たのは、目がチカチカする程鮮やかなピンク色の大きな化物。ハタラケーとは種類が違うようだが、そんな事を考えている暇は無い。
 変身アイテムを握り締め、しかし皆の前でプリキュアになっても良いものなのか悩んで居ると、碧棺さんと一郎くんが言い争っているのが聞こえた。
「俺様はカタギの人間巻き込むつもりはねぇからよ。てめぇ等はさっさとこの場から離れやがれ」
「てめぇこそ自分のシマに帰った方が身の為だぜ? 格好付けてねぇで此処は俺達三兄弟に任せる事だな」
 バチバチと火花を散らす彼等の間を、飴村乱数はいつもの調子で割って入る。
「中王区からお呼び出しがあったのって、プリキュアだよね〜? 寂雷達がプリキュアなのは知ってるけど〜、もしかして此処に居る全員、プリキュアだったりするのかな?」
 その発言に周りが静寂に包まれたがそれも一瞬で、彼の言葉を理解すると皆が一斉に驚きの声を上げた。
『全員プリキュア!?』
 そうと分かればコソコソする必要は無い。皆同じ事を思ったようで、手にはそれぞれアイテムが握られていた。
『ヒプノシスチェンジ!』
 そう叫ぶと、この場に居る十八人の身体がキラキラと輝く光に包まれる。それぞれ衣装が変わると、順に名乗りの台詞を披露して行った。
「with homie 勝つぜ! ブクロの一番手、キュアアインス!」
「どうなっても知らんぜ! ブクロの二番手、キュアツヴァイ!」
「決着付けるよ三ターンで! ブクロの三番手、キュアドライ!」
「ぶちかまして行くぜ兄弟! 調子はどうだい!?」
『All right! 問題ない!』
『Buster Bros!!! プリキュア!』
「始まる討伐、てめェのタマ奪う! 俺様がキュアシュヴァル!」
「野蛮な奴等の茶番を一掃! 私がキュアラパン!」
「御馳走作りの片手間、貴殿を追い込む! 小官がキュアロシニョル!」
『しょっぴけ! MTCプリキュア!』
「俺様が直々にぶっ殺してやんよォ!」
「可愛いボクとパーティーしちゃお? キュアボンボン!」
「このストーリーのラストは小生が語る通り! キュアイルジオン!」
「デッドオアアライヴ! 勝利をゲット! キュアゲルト!」
『Fling Posseプリキュア!』
「この力で安寧へいざなう──キュアヘルフェン」
「123から456、7o'clock 君にロックオン! キュアシャンパーニュ!」
「残業から参上! キュアスレイヴ!」
『シンジュクに侵入する神出鬼没の敵を一蹴! 麻天狼プリキュア!』
「会場沸かす! 笑わん奴はどつき回す! キュアラーフ!」
「方程式解き勝利を証明! キュアティーチ!」
「カモを導き儲け話に王手! キュアディシーブ!」
『はいどうも〜! どついたれ! プリキュア本舗で〜す!』
「拙僧の説法を聞きやがれ! キュアモワヌ!」
「月よりいでし【救世主─メシア─】のリリックを召し上がれ! キュアリュンヌ!」
「悪と闘い過ち正せ! キュアアヴォカ!」
『Bad Ass! でらすげぇプリキュア!』
「拙僧がてめぇ等の腐った魂を味噌煮込んでやるぜ!」
 個性豊かな可愛らしい衣装に身を包んでチームのハンドサインを決めた十八人は、お互いの姿を見て再び盛り上がる。
「チッ、まじで一郎の野郎もプリキュアだったのかよ」
「『キュアアインス』だ。プリキュアに変身したらその名前で呼び合うっつーお約束を知らないのかキュアシュヴァルさんよぉ!?」
「はいストップストップストップ! 我々が揉めている場合じゃないだろ! 理鶯からも言ってやってください!」
 顔を合わせれば喧嘩をしだす二人を、入間さんはよく通る声で窘め毒島さんに助けを求める。
「ふむ……そのようなお約束は知らなかったな。アインス、ツヴァイ、ドライ、今は協力して奴を倒そうではないか。行くぞ、シュヴァル! ラパン!」
「おう……ロシニョルの奴、楽しそうじゃねぇか」
 毒島さんは何処かズレた仲裁をするも、火花を散らせていた二人はすっかり落ち着いたようだった。
「……ところで、その格好って事は、一人だけセーラームーンなんすか?」
「む? 小官もプリキュアだ」
 別の方ではシブヤディビジョンとオオサカディビジョンのメンバーが、和気藹々とした雰囲気で談笑していた。
「わ〜! ササラン達の衣装すっごく可愛い〜! 一体全体、誰がデザインしたんだろ〜?」
「零が知り合いのデザイナーにお願いしたっちゅー話やで。俺もむっちゃ気に入っててん! これ、盧笙と色違いのお揃いなんよ〜!」
 飴村乱数と白膠木簓というハイテンションコンビが話していると、それだけで場が賑やかになる。
 そんな盛り上がる二人の隣で、躑躅森さんは顎に手をやり何かを考えていた。
「……ん? 飴村くんの職業って確か……」
 そして俺は、先生の旧友が在籍するナゴヤディビジョンのメンバーと共に居る。
「獄もプリキュアだったんだね。その格好、とても似合っているよ」
「ひゃはは! 獄、良かったなァ! 面白ぇから拙僧も嫌いじゃないぜ!」
「……俺には我慢ならないもんが二つある。一つ、思ってもない事を言う医者。二つ、それに同調するナマグサ坊主だ」
 俺達の所は何処かピリピリとした雰囲気を纏っている。
 先生達の様子を心配する俺と一二三に気付いたのか、四十物さんはブタの妖精を肩に乗せて笑顔で言った。
「獄さんのこれはいつもの事なので、心配しなくても大丈夫っすよ! ね、アマンダ!」
 そんな放課後の学生のような空気を壊したのは、忘れていた訳では無いが化物の大きな叫び声である。そして、遅れて登場して来た言の葉党の人物達だ。
「黙れ下郎共!」
 勘解由小路無花果の声に、俺達の間には緊張が走る。
 厳しい表情をした彼女の隣には東方天乙統女、更にその隣には先日俺達を助けてくれた(……訳では無いだろうが、少なくとも俺達はそう思っている)少女、合歓が立っていた。
「ふん、プリキュアも随分と増えたものだな」
 俺達を見下すように鼻で笑う彼女へ、一郎くんが一歩前に出て問い掛ける。
「イケブクロだけじゃなくヨコハマにシブヤ、シンジュクにオオサカにナゴヤ……中王区が攻撃を仕掛けて来たから俺達がプリキュアになった。この国のトップに立つようなお前等が、どうして国を壊すような事してんだよ!?」
 その問いに答えたのは、唇に薄い笑みを浮かべた東方天乙統女だった。
「私達は、武力により血を流す事の無い、平和な国づくりに努めていました。しかし、残念ながら未だに醜い争いは絶える事はありません」
 短く溜息をついて彼女は続ける。
「そこで私達は気付いたのです。全てを破壊して、一から理想を創造すれば良いのだと」
 中王区による恐ろしい計画に、俺達は息を飲んだ。
「言ってる事がめちゃくちゃだ……」
 思わずそう呟くと、勘解由小路無花果に睨まれる。あ、謝らないぞ……!
「言っても分からん獣共には躾が必要なのだ」
「はっ、ヤクザみてぇな事言うじゃねぇか。おい合歓! お前はそれで良いのか!?」
 碧棺さんは少女へ向かって叫んだ。
「これは私の意志で決めた事なの。たとえ兄でも、抗うなら容赦はしない!」
 互いに譲らず睨み合う兄妹。その横では、東方天乙統女と天谷奴さんが何やら腹の探り合いをしていた。
「天谷奴零、貴方は分かって頂けると思っていたのですが……」
「よく言うぜ」
 軽くあしらうような口調だが、サングラス越しに見える彼の瞳は鋭く彼女を捉えている。
「零、中王区のトップと知り合いやったんか?」
 白膠木さんが問うと、天谷奴さんは表情を和らげ笑いながら言った。
「イイ歳した男女に関係を問うなんざ野暮ってもんだぜ」
「相変わらずよう分からん奴やなぁ……」
 呆れる躑躅森さんの隣では、シブヤの三人が不満を漏らす。
「ボク達はそんなアクジノカタボーを担がされてたって事〜?」
「洗脳が解けていなかったら、小生達は今頃向こう側に立っていたという訳ですか」
「そっちの展開もスリリングで良、ちょ、乱数叩くなって! 冗談!」
 仲間にぽこぽこと叩かれていた有栖川帝統は、ふと真面目な顔をして呟いた。
「本当にこれが中王区の出した答えなのかよ……、…………」
 最後の言葉は聞き取れなかったが、東方天乙統女が僅かに反応を示す。
「こちら側についていれば、共に世界の創造を見守れていたというのに……支持して頂けないというのなら話は別です」
 彼女がそう言い指を鳴らすと、それを合図に勘解由小路無花果が何かのスイッチを押した。その瞬間、なんと俺達の変身が強制解除されてしまった。
「なっ! どういう事だよ!」
「僕達を呼び出したのは、まとめて戦闘不能にする為か!」
 二郎くんと三郎くんの叫びに、勘解由小路無花果は笑い声で答える。
「プリキュアに変身出来ない貴様等など、もはや敵では無い! 世界の創造を、そこで指でも咥えて見てるが良い!」
 そして勘解由小路無花果と合歓は、東方天乙統女の側に跪く。
「ヒプノシスキャンセラーか……。こうなると厄介だな」
 何やら訳知り顔で呟く天谷奴さんに、躑躅森さんが尋ねた。
「零、なんや知っとるんか? 打開策的な……」
「いや。あれを出されると、俺達に出来る事は奇跡でも起きねぇ限り何もねぇ……って事は知ってるぜ」
「思わせ振りな事呟くなや!」
 ずっこけるようなリアクションをして、白膠木さんが叫んだ。
「奇跡、か……」
 一郎くんがそう呟いて、ぎゅっと拳を握る。
 その時、イケブクロ、ヨコハマ、シブヤ、シンジュクのリーダー達の肩に乗っていた妖精達が飛び出した。
「パル!」
「シモ!」
「ハチ!」
「カロ!」
 妖精達は身体がキラキラと輝き、短い手を互いに合わせる。
 その瞬間、更に眩い光が辺りを照らし、なんと新たなマイクが四本出現した。マイクヘッドは王冠の形になっており、持ち手からは翼の飾りが生えている。
 四人のリーダー達は頷き合ってそのマイクを掴み、一斉に叫んだ。
『ヒプノシスチェンジ!』
 四人の身体は光に包まれ、次に目をやると衣装が変わっていた。と言っても、元のプリキュアの衣装とは違うようだ。
 モノクロを基調としたドレスのような衣装には、それぞれのディビジョンカラーが差し色で入っている。
「巻き起こす伝説はtempest! キュアビッグブラザー!」
「伝説に楯突く奴等は全滅! キュアハードコア!」
「エンジェル級のキュートな伝説! キュアアール!」
「廉潔こそ相応しい伝説! キュアドック!」
『準備は良いか! 最高最上級! TDDプリキュア!』
 四人が見た事の無い戦士の姿に変身すると、天谷奴さんと四十物さんの肩に乗っていた妖精達が、興奮気味に叫んだ。
「あれは伝説の戦士、『TDDプリキュア』ナユ!」
「伝承でしか知らなかったアマ……!」
 妖精達の話をまとめるとこうだ。
 その昔。山田一郎、碧棺左馬刻、飴村乱数、神宮寺寂雷の四人からなるTDDプリキュアが、街中に現れる化物を相手に日々戦っていた。
 そして中王区まで辿り着いたのは良かったが、今回のように変身を強制解除され、為す術無く世界の破壊と再生が始まってしまう。
 その時に、中王区以外の人類の記憶も抹消された──
 知らぬ間に、二度目の人生を送っていたらしい。そして今、三度目の人生を送る事になるかどうかの窮地に立たされているという訳だ。
「兄ちゃんが伝説のプリキュアだったなんてすげぇや!」
「二郎がプリキュアやろうって軽々しく言った時に、一兄が生半可な気持ちでやるものじゃないって仰ったのは、前世の記憶という事なのか……?」
「思えば左馬刻も、肩に見知らぬ妖精が乗っていたというのに、やけに冷静でしたね……」
「小生等の妖精も、乱数の飴から復活したのを見るに、前世での戦いに敗れ封印された……という事でしょうか」
「先生が変身してすぐにラップアビリティーを発動出来たのも、一度プリキュアになっていたからという事だろうね」
 それぞれ思い当たる節を呟いていると、四人のリーダーがお互いの顔を見て口を開いた。
「イケるか、左馬刻」
「はっ! 誰にもの言ってやがんだ、一郎」
「寂雷、だいぶ老化が進んでるだろうけど大丈夫〜?」
「ふふ。これは成長と言うんですよ、飴村くん」
 頷き合う四人。そして、一郎くんが東方天乙統女を見据えて叫ぶ。
「覚悟しやがれ!」
 その言葉を合図に、伝説の戦士達はマイクを構えた。
「─今食らわすパンチライン! 俺達の絆は段違い! 勘違いしている言の葉党、堂々ぶっ潰すぜ! 下剋上!─」
「─てめぇ等の計画なんざ知るか! 目に焼き付けとけ、こいつ等との絆! 降参するか、痛い目見るか? 冗談じゃねぇ、拝んでやるよ泣きっ面!─」
「─乱数の生き様、無駄なんかじゃない! 引く気も死ぬ気もさらさら無い! シブヤの仲間が紡いだ絆! 鮮やかなピクチャー見せちゃうよ!─」
「─韻踏み湧き出すインスピレーション! 人類救う為、ライバルと手を組み始まる絆! 静かな幸せ望み、皆が愛し愛される未来へ進む!─」
 こちらが畏敬の念を抱く程、圧倒的なスキルを見せるTDDプリキュア。
 中王区の三人は体勢を崩すも、すぐに立て直す。そして勘解由小路無花果が、再びヒプノシスキャンセラーに親指を掛けた。
「下郎共に我々の計画を邪魔されてたまるか!」
 彼女がそう叫んだ時、視界の端を何かが横切った。
 その正体が何かを把握する前に、陰は思い切り勘解由小路無花果の手元を蹴り上げる。ヒプノシスキャンセラーは宙を舞い、ごとんと音を立てて地面に転がった。
 拾い上げようと動いた勘解由小路無花果より先に、陰は素早くヒプノシスキャンセラーを踏み付ける。バチッと火花を散らして真っ二つになった。
「邪答院、貴様……!」
 勘解由小路無花果は、突然現れたニヤケ面の女を睨み付ける。
 彼女の言う通り、突如姿を現しヒプノシスキャンセラーを破壊した陰の正体は、楽しそうな笑顔を見せる邪答院仄仄だった。
 俺の隣に居る一二三が笑顔を見せる。
「仄仄……!」
「勘違いしないでくれる? 私は、私の手で貴方達の絆を壊したいだけ。私以外に倒されるなんて許さないわよ」
 邪答院は鬱陶しそうな表情で言った後、わずかに微笑んだ。
「そういう訳だから。せいぜい私を楽しませてちょうだい」
 そう言い残し、邪答院は姿を消した。
「拙僧等も、一郎達に続くぞ!」
 波羅夷さんの号令で、俺達は再び変身する。それと同時に八匹の妖精が、空中で短い手を合わせ輪になった。それを見た俺達は、何故か自然と口を開く。
『十八人の絆を繋げ! キズナアンセムスタイル!』
 妖精達からキラキラと光が降り注ぎ、その眩しさに目を閉じる。光が止んでそっと目を開くと、俺達の衣装が変わっていた。とにかくリボンやフリルがプラスされた豪奢なデザインにされている。不思議と力もみなぎっていた。
「皆のパワーをひとつにして、中王区を倒すカロ!」
 カロンが叫んだ。その言葉に俺達は頷き、各々マイクを構える。
 イケブクロからナゴヤ、ヨコハマにオオサカと続き、シブヤから俺達シンジュクにリリックが繋がれる。先生に続いて、俺と一二三もマイクを握る手に力を込めた。
「─豪華なタワー入れて皆で乾杯! 完敗する君達に捧げるラストソングはレクイエム! えぐいよねぇ! R.I.P♡ 脇役の文句は投げキッスであしらう!─」
「─家畜以下の扱い受けるI'm 社畜、観音坂! ライフ掛けてマイク持ちライム刻む楽勝だな? 支持率は皆無! 中王区は終了する! 誠実さを見せろ! 税率下げろド畜生がァ!!!!!!─」
 凄まじいパワーが宿った十八人のリリックが、マイクを手にした中王区の三人へ真っ直ぐ放たれる。
 雷鳴のような轟音と、瞼を閉じても目の奥が痛む程の鋭い光が辺りを包んだ──

「……え?」
 果たして、最後まで地面に足を付けて立っていたのはどちらなのか。
 二十一人による壮絶なバトルの勝敗が判明する前に、俺は目が覚めてしまったようである。思わず溜息が漏れた。
 二度寝をしたら続きが見られるだろうか。そんな事を考えながら瞼を閉ざすも、なかなか睡魔は訪れない。仕方無くベッドから降りリビングへ向かうと、一二三が朝食の仕度を進めていた。
「はよー、独歩! そだ、これ、独歩宛てのプレゼント!」
 エプロンで手を拭いながらキッチンを出て来た一二三は、ソファに置いてある箱を持ち上げ俺に手渡す。
「俺なんかにプレゼント……?」
「昨日、麻天狼ファンでちゃんどぽ最推しっつーお客さんが来てさ、渡してくれって頼まれたんよな〜。ありがたく受け取れよ、独歩!」
 俺は早速、受け取った箱に掛けられたグレーのリボンを解く。蓋を開け、中に居たふわふわと気持ち良い肌触りの塊を取り出した。
「カロン!?」
 箱から出て来たのは、手のひらサイズの狼のぬいぐるみ。見た目はまさしく、幾度と無く夢で見た俺達の相棒にそっくりだった。
「カロンって、独歩がよく夢で見たっつー妖精?」
「ああ。こんな感じの見た目で、動いたり喋ったり……」
 俺がそう呟いた時、ぬいぐるみが手から逃れるように落ちた。テーブルに着地したそれを拾おうと手を伸ばすと、なんとそいつは二本の足で自立した。つぶらな両眼で俺達を捉え口を開く。
「やっと見付けたカロ! 悪に立ち向かうプリキュアの素質を持った人間カロ!」
「プリキュア……って、俺が? 俺がプリキュアに!?」
 まさか夢だと思っていた出来事は現実で、あの時俺達は中王区に敗北して、世界が破壊と再生を終えて三度目の人生がスタートしているのか?
 頭を抱える俺の隣で、一二三は楽しそうに自分の顔を指さした。
「なぁなぁ、俺っちも? あと、もう一人力になりそうな人も居っけど!」
「先生を巻き込もうとするな」
「でも仲間は多い方が良いっしょ?」
 スマホを操作しながら一二三が言った。俺が一二三の腕を掴んで止めていると、突然窓の外から謎の轟音が聞こえて来た。
「ハタラケーが現れたカロ! このアイテムで変身して、奴と戦うカロ!」
 何度も夢の中で使用した、見覚えのあるアイテムを俺達に手渡すカロン。もはや懐かしささえ覚えるそれを手に、俺達は家を飛び出した。
 目の前には大きな黒い化物。奴は呻き声を上げると、俺達へ向かって地響きを鳴らしながら走って来た。
 すんでの所でかわし、俺達は変身アイテムを構えて口を揃えて叫んだ。

「ヒプノシスチェンジ!」
 合言葉と共にがばりと起き上がると、そこは自分の部屋だった。俺は夢の中で夢を見ていたらしい。
 今が夢なのか現実なのか自信が持てなくなって来たので、ベタに自分の頬を強くつまんでみる。
「うん……痛い」
 間抜けな俺は頬を撫でながらリビングへ向かった。夢と同じように、キッチンで一二三が朝食の仕度を進めている。
「はよー、独歩! なんか随分疲れた顔してっけど」
 起きて来た俺に気付いた一二三は、笑いながらそう言った。食卓について、俺はあくびをこぼす。
「夢の中で夢を見たんだ。今も変な感じがする……」
「へぇ? どんな夢見たん?」
 白米が盛られた茶碗や焼き鮭をテーブルに並べ、一二三は俺の向かいに腰を下ろした。俺達は両手を合わせて食事を始める。
「イケブクロとかヨコハマとか、全員プリキュアになってたんだよ。敵は中王区の奴等で……」
 そんな説明をすると、一二三がお茶を噴き出しそうになっていた。
「全員? しかも敵が中王区って、まさしく今の俺っち達じゃん」
 やばぁ、と焼き鮭をつつきながら呟く一二三。
 そう。俺達は今、ファイナルディビジョンラップバトルを目前に控えているのだ。それぞれの威信を掛けて行われる、最後のバトル。皆の想いを背負い、決勝戦では中王区の三人と戦うらしい。
「……夢で危ない所を邪答院が助けてくれた時は、すごくびっくりしたけど……」
 思わずそう呟くと、一二三は目を見開いて驚いた後、静かに微笑んだ。
「そっか。……たとえ解決とまでは行かなくても、確実に一歩前に進めるような気がするな」
「お前の隣には、必ず俺が居るから。だから絶対に大丈夫だ」
 そう力強く返すと、一二三は照れ笑いを浮かべ、それを誤魔化すような大声で言った。
「普段からそれくらい自己評価高かったら良いんだけどな!」
 また無茶な事を言う幼馴染みに、俺はそっと溜息を漏らす。
「ほらほら、早くしないと遅刻すんぞ〜」
 いつの間にか食べ終えていた一二三は、食器を下げながら時計を指差す。夢の内容を語り過ぎてしまったらしい。
 程良く冷めた味噌汁を啜り、俺は慌ただしく身仕度を調える。ネクタイを締め、今日が土曜日である事を思い出して再び溜息をついた。
「行って来ます」
「行ってら! もし帰りプリキュアんなる時は、俺っちにも連絡しろよ〜!」
 縁起でも無い事を言いながら楽しそうに俺を送り出す一二三に、俺はまた溜息をこぼす。
 玄関を出ると、心地良い風が俺の頬を撫でた。
 ファイナルディビジョンラップバトルでも麻天狼に良い風が吹く事を願って、休日に浮かれる摩天楼の街並を、俺はスーツ姿で踏み出したのだった。


─ END ─


【あとがき】
ヒプノシスマイク♡プリキュア、これにて完結!
設定を練る所から始めて二年半程、無事に完結させる事が出来て本当に嬉しいです。読んでくださった皆さん、ありがとうございます!
Special Thanksは友人です。大変お世話になりました♡
2025/10/12
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