この街の奴らはput ya hands up!

。⁠*゚⁠+──一二三と独歩が漫才をする事になった話


「じゃーん!」
 朝食を食べていると、一二三が突然何かのチラシを見せて来た。
「なんだよ突然。えーっと……『アマチュアお笑いコンテスト』?」
 何処かレトロでカラフルなデザインの、一番大きく書かれている文字を読んでみる。
「そ! 昨日お笑い好きのお客さんが、麻天狼で出場したら面白いんじゃないかってこのチラシくれたんだ〜」
 タイトルの上には「あなたもお笑いでオオサカを盛り上げよう!」と書いてある。
 人数や年齢は不問、コントや漫才などジャンルも問わず、一発芸なんかもOKらしい。いわば、会社の忘年会でやらされる出し物のようなイメージだろうか……。
 チラシには昨年の様子を撮影した写真も掲載されており、見ると幼稚園児や高齢者も出場している。
 コンテストとは言いつつ、和やかな雰囲気で自分達のやりたい事を自由に発表する楽しい場なのかも知れない。
「それで? まさかとは思うが、これを俺に見せて来たという事は、出場するとか言わないだろうな?」
「さっすが独歩ちん! 俺っちが言おうとしてた事、やっぱ分かんだな〜!」
 にかっと歯を見せて笑う一二三。その顔を見て、俺は溜息を漏らす。
「そもそも、これは一体いつ開催されるイベントなんだ?」
 改めてチラシを眺めると、タイトルに次ぐ大きな文字で日付が書かれていた。
「来週の土曜日!?」
「このチラシがいつから配布されてたのかは知んねぇけど〜、まぁなんとかなるっしょ!」
 素人の俺達が、一週間弱でネタ作りから始めろと? あまりにも無謀過ぎる気がする。
「一応聞くが、何をやるつもりなんだ……?」
「そりゃあ折角なら三人で漫才やりたくね!? 俺っちツッコミやりた〜い」
「どう考えてもお前はボケだろ」
 再び溜息をついて、俺は味噌汁を啜った。
「ちぇ〜、じゃあ来年は俺っちがツッコミな。麻天狼、優勝目指してやったんで〜!」
 和気藹々としたイベントに優勝なんてあるのか? と思いつつチラシを読むと、一番盛り上がったグループは賞品が貰えるらしい。
「このイベント、ちゃんササがMCすんだって。優勝賞品はちゃんササのサイン入りトロフィー! 欲しくね?」
 確かに、芸能人のサインはちょっと欲しいかも知れない。会った時に言えば、いくらでも書いてくれそうな人ではあるが……。
「とりあえず後でせんせーにも連絡するとして、独歩もこの日は有休取って、万全の態勢で臨めよ〜!」
「はは……」
 上からの圧だろうが、先日珍しく課長から有休消化するよう強く言われ、奇しくも来週土曜日に有休を取ろうと計画していた所だった。
 寝溜めする予定が一気に崩れ去り、俺はまた深い溜息をつく。
 出社して有休届を提出し、いつも通り仕事を進めていると、一二三からメッセージが届いた。
 先生は仕事が入っていて、お笑いコンテストの出場は難しいとの事。
 それなら一二三も諦めるだろうと安心していると、再びメッセージが届く。
『せんせーが居ないのは残念だけど、俺っちと独歩で会場を盛り上げよーぜ!!』
「やる気に満ちあふれている……」
 あいつがちょっとやそっとの事では諦めない男だという事を、改めて思い知る。
『ネタは俺っちが考えるから安心して仕事に励めよ〜!』
 どんなネタを考えて来るのか分からないが、忙しくて覚えられる気がしない。
 色々な不安が押し寄せるが、今の俺に出来る事は何も無いので、一二三の言う通り仕事に励む事にする。
 それから数日経ったある日。一二三がニコニコ、というよりニヤニヤしながら口を開いた。
「ネタは出来上がったんだけど、独歩ちん覚えるのきついっしょ? だから俺っち考えたんだけど、独歩は台詞を覚えるっつーより、思った事をそのまま言えば良いんじゃね!?」
 一理あるが、アドリブでなんとかなるものなのだろうか?
「独歩ちん普段からツッコんでるようなもんだし、モーマンタイ! なんなら俺っちもアドリブで進めちゃうし〜」
 それはもう、ただ俺達のオチの無い会話をでかい声で聞かせているだけだろう。
 漫才と言って良いのか……何でもアリのコンテストだから良いのか?
 ただただ不安要素が増えて行くだけだが、一二三はとても楽しそうに言う。
「衣装揃えた方が良いかな? やっぱ漫才師といえばスーツ? ギラッギラでド派手なの着ちゃう!?」
「却下する」
 俺がアドリブで進めるというプランなら、本番までする事が無い。
 緊張と不安が混ざり合う気持ちを落ち着ける為、俺は長い息を吐いた。
 そしてついに迎えたコンテスト本番の日。
 ネタはエントリー順に披露して行くらしく、俺達は終盤の方だった。
「はいはい、今年も始まりました『アマチュアお笑いコンテスト』! 司会進行は、このヌルサラが努めさせて頂きます〜! いやぁ、アマチュア言うても毎回クオリティ高いネタ見せてもろて、簓さんも此処で悠長にわろてる場合ちゃうねんけどな〜」
 白膠木さんのトークで幕を開けた、開けてしまったコンテスト。
「……とまぁ、俺の“トーク”は此処までにし“とーく”として! 早速一組目行っちゃいましょ〜! 同じ中学に通う仲良しコンビ! どうぞ〜!」
 温かい拍手の中登場したのは、学生服に身を包んだ男子二人組。クラスのお調子者のようなノリの子達で、中学生男子らしいネタで会場を笑いで包んでいる。
 そんな彼等を見て、隣に居る一二三は「ふぅむ……俺っち達のライバル候補だな」などと真剣な顔でのたまっていた。
 他にも社会人コンビの正統派漫才や大学生グループの演技派コント、幼稚園児の微笑ましい剣玉や高齢夫婦の渋い俳句などを経て、俺達の出番が目前に迫っていた。
「緊張して来た……台詞飛んだらすまん……」
「飛ぶも何も、ちゃんどぽは思った事言えば良いから大丈夫だって!」
 一二三が笑顔で俺の背中をぽんぽんと叩く。
 緊張で吐きそうになっている俺の耳に、白膠木さんの声が届いた。
「さてさて、お次は……ほ〜おもろいなぁ! 小学校からの幼馴染みコンビ! ほなどうぞ〜!」
 観客の拍手も聞こえて来る。一二三はジャケットを羽織って、俺にウインクを寄越した。
「さぁ、独歩くん! 楽しんで来ようじゃないか!」
「あ、あぁ……!」
 両手を握って気合いを入れる。そして一二三と共にステージへ登壇した。
「嘘、あれってひふみんじゃない?」
「麻天狼が漫才!?」
 案の定会場はざわめき、更に注目が集まる形となってしまった。そんな状況でも臆する事無く、一二三は優雅にお辞儀をする。
「ご指名ありがとうございます、伊弉冉一二三です。そして」
 こちらに手を向ける一二三。自己紹介のタイミングらしい。
「観音坂独歩です。よ、宜しくお願い致します」
 いつもの癖で内ポケットをまさぐり、客席に向かって名刺を突き出し頭を下げた。
 数秒してやっと商談の場ではない事を思い出し、名刺をそっと仕舞う。
「うわわ、お客さんたくさん居る。ステージからだとよく見えるな……」
「そうだね。そちらから順にお姫様、お姫様、一人も飛ばさず全員僕のお姫様!」
 一二三の言葉に女性陣の悲鳴にも似た歓声が響き、それに混ざるよう男性陣の野太い声も聞こえる。
 流石は一二三。あっという間にこの場の観客を魅了してしまった。
「俺はこんなに緊張してると言うのに、お前は驚く程通常運転だな……」
「ふふ。そんな独歩くんには、僕が世間話でもして緊張を和らげてあげよう。この前の話なんだけど、聞いてくれるかい?」
「まぁ、勝手にどうぞ」
 どんな話が始まるのか耳を傾ける。一二三はこほんと咳払いをひとつして、何やら話し始めた。
「SNSで仕事の愚痴なんかを呟いてる、いわゆる裏アカウントがあるんだけど、思い切ってそのアカウントを削除したんだ」
「へぇ、お前もそんなの持ってたんだな」
「だけどアカウントを消したとて、根本的な仕事の愚痴が消える訳では無い。どうにか発散する為テキストファイルに課長への怨みつらみを長々と打ち込んでたのだけど、コピペミスでそのテキストを課長本人にメールで送ってしまって……」
「待て、それ全部俺の話じゃないか!?」
「ははは! この話は聞いていて本当にヒヤヒヤしたよ」
「嘘つけ、ニヤニヤしながら聞いてただろうが」
 思い出すと少しだけ腹が立って来た。
「おや、そうだったかな? それより、独歩くんも緊張が解けて来た頃じゃないかい?」
「まぁ確かに、いくらか緊張は解けたかな」
「さて、独歩くんもこの場に慣れて来た事だし、そろそろ僕達の漫才を始めるとしようか」
「これでまだ始まってなかったのかよ! もう良いよ!」
「では子猫ちゃん達、次は夢の中で会おうね」
 ウインクを決めながら放つ一二三の歯の浮くような台詞に、再び黄色い声が上がる。
「すみません、どうもありがとうございました」
 一二三は優美に、俺は深々とお辞儀をする。
 ありがたい事に終始笑いが起こり、最後も温かい拍手に包まれ肩の荷が下りた。
「お疲れ様、独歩くん」
 舞台袖に捌けると、一二三が微笑みながら言った。
「終わってみると、案外楽しかったと感じるな」
「僕も楽しかったよ。たとえ優勝を逃したとしても、後悔は無いかな」
 最後のグループもネタ披露が終わり、結果発表の時間となった。白膠木さんがマイクを握る。
「どのネタもほんまにおもろかったな〜。毎年悩むんやけど、一番会場を盛り上げたグループを発表すんで!」
 そしてドラムロールが鳴り響く。
「栄えある今年のヌルサラ賞は〜……エントリーナンバー47、『GIGOLO & DOPPO a.k.a 麻天狼』のお二人〜!」
 受賞者が発表された瞬間、今日一番の拍手が沸き起こる。
「お、俺達……!?」
「やったね、独歩くん!」
「さ、お二人さん。再度ご登壇お願いします〜!」
 鳴り止まない拍手の中、俺達はステージへ向かう。
「これは俺の贔屓目なんかやなくて、ほんまに一番盛り上がってた文句無しのヌルサラ賞やで! 流石幼馴染みやな〜。二人共、自然体な感じで良かったわ!」
 目の前で白膠木さんがトロフィーにサインを入れる。それを一二三が恭しく受け取り、会場に向かって投げキッスを放つ。三度みたび客席が甘くざわついた。
「ではでは、最後にメッセージなんかをどうぞ〜!」
 マイクを向けられた一二三は、爽やかな笑顔で答える。
「先生も一緒に二連覇目指して、来年も出ます!」
「えっ!?」
 予想だにしなかった発言に、開いた口が塞がらない。白膠木さんは面白そうに笑っていた。
「もしかしたら、いつかお笑いの土俵でもライバルになる日が来るかも知れへんなぁ。楽しみにしとるで、麻天狼さん!」
 そんな濃い一日を、俺達をねぎらう為わざわざ仕事終わりに駆け付けてくれた先生に話す。
「最優秀賞受賞ですか。おめでとう、二人共」
「ありがとうございます、先生!」
 先生は白膠木さんのサインが入ったトロフィーを、興味津々といった様子で眺めていた。
「次こそはせんせーも一緒にステージ立ちましょうね〜!」
「ふふ、楽しみにしています」
 微笑み合いながら話す先生と一二三に、俺は密かに溜息をつく。
「本当に来年も出場するつもりなのか……?」
 そんな俺の呟きが気付かれる事は無く、二人は会話を続けていた。
「俺っち、次こそはツッコミやりたいんだよな〜。せんせーはどっちやりたいとかあります?」
「そうですね、私もツッコミには興味があります。ツッコミも色々な種類があるんですよね」
「よっしゃ〜! んじゃあ俺っちとせんせーがツッコミ担当で、独歩ちんはボケ担当な!」
 一二三も先生もツッコミなんて出来るのか?
「トリオでツッコミが二人も居るなんて、あまり聞かないだろ」
「聞かないだけで、やっちゃ駄目な訳じゃ無いだろ〜? 俺っちとせんせーのクールなツッコミで、麻天狼が再び優勝かっさらってやんぜ!」
 好奇心旺盛な二人がお笑いに興味を持ってしまった所為で、此処から様々なお笑いコンテストに出場し何故か優勝を果たして行くのだが、この時の俺はまだ知る由も無いのだった。


─ END ─


【あとがき】
ARBのイベントストーリーで、変わった大会に参加してしれっと優勝かっさらって行く麻天狼が面白くて好きです。
2025/02/10
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