Bad Ass Temple
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。*゚+──中身が入れ替わってしまった話─Evil Monk
近所の喫茶店で、期間限定のフルーツパフェが販売されるらしい。
一人でも良かったが、美味しいものや楽しい事は誰かと共有したい。きっと暇を持て余しているだろうと、私は空却に電話を掛けた。
珍しくワンコールですぐに出た彼は、電話だと言うのに普段と変わらない声量で口を開く。
『よう、るあき! どうした? 拙僧に用か?』
「うん、暇だったらで良いんだけど、これから喫茶店行かない? よく行くあそこの。期間限定のパフェが今日からスタートで、一人で行くのもなって思って」
そんな説明をすると、電話の向こうで空却が楽しそうに笑った。
『つー訳で、るあきに呼ばれちまったから拙僧は行くぜ! 掃除ならてめぇでしやがれクソ親父!』
灼空さんへ向けたと思しき言葉に、私は申し訳無い気持ちが募る。暇なんかじゃないじゃん、空却……。
彼のサボリ癖は今に始まった事では無いうえ、私にはどうする事も出来ないので、心の中で灼空さんに謝り、溜息を吐き出して通話を終える。
仕度を済ませて喫茶店への道を歩いていると、前方に空却の姿を捉えた。名前を呼ぶと、彼は振り返って足を止める。
「来てくれて嬉しいけど、掃除サボったら駄目でしょ」
「毎日毎日おんなじ事すんのもつまんねぇんだよ」
ケッと吐き捨て、空却は再び歩を進めた。私はそんな彼の隣に並ぶ。
「それも修行でしょ。そんな事言ってると、いつかバチが当たるよ」
私の小言を空却が面倒そうに適当な相槌で片付けた時、突然見知らぬ男が私達の行く手を阻んだ。
「波羅夷空却! 今こそ怨みを晴らさせてもらうぞ! くらえ!」
男は懐からマイクを取り出し、リリックを放つ。空却も素早くマイクを構え、私を庇うように一歩前に出た。
「はっ! そんな雑魚みてぇなリリックに拙僧がやられると思って……ッ!?」
男が放ったリリックを受けると、目を開いているのが難しい程の眩い光が辺りを包む。
すぐに光が収まり目を開いた時には、もう男は何処かへ逃げた後だった。
「クソッ、なんだったんだあいつ……。おい、大丈夫かるあき」
「私は大丈……え?」
前に立っていたはずの空却が居ない。後ろから私を心配する声が聞こえ振り返ると、なんと自分の姿が見える。
私の姿をした誰かは、目を見開いて驚いていた。
「私の目の前に、私が居るんだけど」
「奇遇だな。拙僧の目の前には、拙僧が居るぜ」
お互いの言葉を合わせると、私達は中身が入れ替わってしまっていると言う答えに辿りついてしまう。
そんなまさかと二人で近くの建物の窓ガラスの前に並ぶと、私の目の前には不安そうな顔をした空却が映っていた。隣を見ると、眉間に皺を寄せた私が居る。
「やっぱバチが当たったんだよ! 空却の所為じゃん!」
「どう考えてもさっきの男の所為だろ!」
「でも空却に怨み持ってるっぽかったよ。誰? 本当に知らない人?」
その問いに彼は腕を組んで思い出す素振りを見せるも、すぐにがしがしと頭を掻いた。
「どうせロクでもねぇ事して拙僧が喝入れてやった野郎だ。逆怨みも良いとこだ」
何処の誰かも分からないとなると、元に戻る方法を聞ける可能性は無いに等しい。
この先どうなるのか更なる不安に苛まれていると、空却に「拙僧の顔でんな弱っちぃ顔すんな」と怒られた。
「あいつのアビリティーかマイクの違法改造による副作用かは知らねぇが、しばらくすりゃ元に戻んだろ」
楽観的な空却に物申したい気持ちはあるが、ヒプノシスマイクについては彼の方が知り尽くしているだろう。
「とりあえずパフェでも食いに行こうぜ」
「この状況で!?」
思わずそんなツッコミを入れるも、恐らく不安がる私を少しでも安心させる為の言動だろうと思い至り、彼に並んで喫茶店への移動を再開させた。
喫茶店に到着し、二人分のパフェを注文する。先程の出来事を忘れわくわくして待っていると、頭上から聞き覚えのある声が降って来た。
「空却さんにるあきさんじゃないっすか! 相席しても良いっすか?」
見上げると、空却のチームメイトである四十物十四くんが、可愛い笑顔で問い掛けて来た。
どうぞと返すと、十四くんは迷わず私の隣に腰を落ち着ける。そうだ、私はいま空却の姿をしているんだった。
「お二人も、期間限定フルーツパフェを食べに来たんすか?」
「そうだよ。美味しそうだよねぇ。期間限定って響きがこの世で一番好きかも」
「それ分かるっす〜! なんか意外っすね、空却さん」
そうだ、私はいま空却の姿をしているんだった。
適当に笑って誤魔化していると、私達のパフェが到着した。このタイミングで、十四くんは店員さんに私達と同じパフェを注文する。
「わぁ、すごく美味しそう! メニューの写真よりフルーツ多い気がする。逆写真詐欺。ありがたい。写真撮っておこう」
先ほど荷物を交換した為、手元には自分のスマホがある。カメラを起動し撮影をしていると、隣に座る十四くんが面白そうに笑った。
「空却さんが写真撮ってる所、初めて見たっす! いつもすぐ食べちゃうのに。今日の空却さん、すごく楽しそうっすね!」
十四くんにとっては何気無い感想だが、私は思わず撮影する手を止める。向かいに座る空却は、「美味ぇ」と言いながら既に半分食べ終えていた。
そんな私達を交互に見やり、十四くんは更に鋭いツッコミを入れる。
「なんだかお二人、入れ替わったみたいっすね。一緒に居るとお互い似て来るってよく言うっすもんね〜」
運ばれて来た自分の分のパフェをつつきながら、十四くんが笑顔を向けた。
「なかなか鋭いじゃねぇか。拙僧達、入れ替わったんだわ」
「いやいや。るあきさん、流石に自分騙されないっすよ」
口角を上げにやりと笑う私の姿をした空却に、十四くんも笑い返す。
「ごめん、信じろって言う方が無理だよね……」
私は思わず眉を下げる。そんな空却の姿をした私を見て、十四くんはスプーンに掬っていたフルーツを落とした。
「空却さんが謝ったっす……」
十四くんは、あわあわと私を見ながら続ける。
「空却さん、熱でもあるんすか!? るあきさんもいつもと雰囲気違うし……。はっ! もしかして入れ替わ」
「だァから! そうだって言ってんだろうが!」
「うわぁん! るあきさんがぶったっす! 悪魔にでも取り憑かれちゃったんすか!?」
普通なら有り得ない状況に、十四くんは相当混乱している。私は隣に座る彼の頭を優しく撫でた。
「空却さんがめちゃくちゃ優しいっす……逆に怖いっす……」
余計混乱させてしまったようだ。
「十四くん、一旦パフェでも食べて落ち着いて……」
私の言葉に、十四くんはもぐもぐとマスカットを咀嚼する。私もパフェを口に運びながら話を続けた。
「此処に来る途中、空却に怨みがあるっぽい男にラップバトル……てか一方的にヒプノシスマイクで攻撃されて、気付いたら中身が入れ替わってたって感じなの」
「拙僧の予想じゃ、すぐ元に戻ると思うけどな」
ソフトドリンクを飲みながら空却も話に加わる。
「うーん……信じるしか無いから、とりあえずお二人が入れ替わった事を飲み込むっすけど……。めちゃくちゃ不便じゃないすか? 戻るまでお互いのフリをするって事すか?」
十四くんのツッコミに、私と空却は「確かに」と呟く。
「そこまで頭回ってなかった……。私は連休に入るから、しばらくはまぁ大丈夫かな」
「ディビジョンラップバトルも無ぇし、入れ替わっても面倒な事にならなかったのが不幸中の幸いって奴だな」
空却が頬杖をつきながら言う。ディビジョンラップバトルの参加があったら、私がリーダーとして参戦する事になっていたのだろうか。歴戦の猛者を相手にステージに立つ自分を想像して、思わず身震いする。
「待って、私は空却の代わりにお寺のお勤めをしないといけないって事? 大丈夫かな」
「最近、お寺に泊まって座禅とか写経とかするのが流行ってるらしいっすから、お坊さん体験だと思えばきっと楽しいっすよ」
他人事だと思って簡単に言う。そんな十四くんは、はわわ! と急に目を見開いた。
「そんな事より! お、お風呂とかどうするんすか!?」
入れ替わった私達より慌てている。再び「確かに」の声が空却と合う。
「この際お風呂は腹を括るとして……」
「括っちゃうんすか!?」
私の覚悟に、十四くんは驚いた表情をしながら叫ぶ。
「拙僧が今更こいつの裸を見た所で欲情なんざするかよ」
「浴場だけに、ってやかましいわ」
呆れたような顔でそう呟く空却を軽く睨みながら、私はそうツッコミを入れた。
そんな私達を、十四くんはまたも驚いた表情で見詰める。
「え、お二人ってもしかして、そういう関係なんすか?」
「そういう関係ってどういう関係よ。幼馴染みってだけだから」
変な誤解を否定しながら、私は話を戻す。
「空却にお願いしたいのは、お風呂上がりのスキンケアとヘアケア。これだけはしっかりやって」
「それは確かに大事っすね……!」
隣で十四くんが激しく頷く。向かいの空却は、面倒そうに外を眺めながら口を開いた。
「覚えてたらな」
「絶対やってよ? そもそも普段ちゃんとドライヤー使ってる? 髪濡れたまま放置しないでよ? あと、すっぴんであちこち出歩かないでね? コンビニくらいなら良いけど、出来ればマスクとか」
「だあぁっ! わーったよ! ったく、お前は拙僧のお袋かって」
そんなこんなでパフェを食べ終え、今後についての話もまとめると、私達はそれぞれ帰路に着いた。
今日一番の難関であるとされた入浴も、心を無にしていつものように済ませると意外となんて事は無い。
心身共に疲弊しきった己を休める為、普段より早く眠りに入る。
翌朝、何事も無く元に戻っている事を願いながら。
「ま、そんな都合良く戻ってる訳無いよね……」
目を覚ますと、昨夜見た空厳寺の天井が視界に入る。やはり一晩でどうにかなる事は無かったようだ。
外はまだ薄暗いが、私は布団を抜け出し身仕度をととのえる。
「掃除でも始めるか……広いからやり甲斐がありそう」
何かをしていた方が気が紛れるだろう。私は早速雑巾と水の入ったバケツを手に、お寺の中を拭いて回った。
一通り掃除し終え、次は竹箒を手にして境内の落ち葉を払っていた時、灼空さんがやって来た。私はいつも通り、元気に挨拶をする。
「おはようございます! 良い天気ですね」
そんな私の顔を、驚いた顔で見詰める灼空さん。そうだ、私はいま空却の姿をしているんだった。
空却を思い浮かべ、彼の真似をしようと口を開く。あいつ、灼空さんの事をなんて呼んでたっけ……。
「えっと……、もう掃除はほとんど終わらせたぜ! クソ親父!」
「空却〜〜〜!! 普段の行いを改めたかと関心しておったら!」
「うわぁ、すみませんすみません!」
灼空さんに追い掛けられ、思わず逃げ惑う。折角まとめた落ち葉は、ふわふわと風に舞ってしまった。
「そんでこのザマって訳か」
空却は、布団とロープで簀巻きにされた私を見下ろしてけたけたと笑った。
「助けて、空却……全然身動きが取れない……苦しい……」
「だから拙僧の顔で泣きベソかくんじゃねぇよ」
呆れながらも、空却はロープを解いて私を解放してくれた。
「ありがと……って、私の顔、いつもとなんか違くない?」
目の前の、私の姿をした空却を見詰める。
「十四の野郎が張り切って色々やったんだよ。なんか文句あっか?」
「文句なんてそんな……チャレンジした事無い色味だけど、不思議と合っててびっくりしてるよ。すごいね、十四くん」
後でメイクについて色々教えてもらおう。そんな事を考えていると、空却はすたすたと歩き出した。
「何処行くの?」
「元に戻る手掛かりを探しに行くに決まってんだろ」
あんなに「しばらく経てば戻るだろ」と楽観的だったのに、どういう心境の変化だろうか。
「……もしかして、スキンケアとか諸々が面倒だった?」
「あんなんよく毎日やってんな、るあき」
正解だったらしい。しかし、きちんとやってくれているとは意外である。
「とりあえず例の現場に来た訳だけど……また犯人に会えるのかな」
私達が入れ替わった場所の周辺を巡るも、それらしい人物は見付からない。
そして何の手掛かりも無いまま、更に数日が経過してしまった。
「私はもう波羅夷空却として生きて行くんだ、きっとそうなんだ……」
「だから拙僧の顔で全てを諦めた表情すんな」
例の場所を再び歩きながら、そんな愚痴をこぼす。すると空却の隣に居た十四くんが、思い付いたように口を開いた。
「お互い勢い良くぶつかったら、元に戻ったりしないっすかね?」
「そんな映画じゃないんだから……」
そもそもマイクが原因で入れ替わったのだ。物理的な行動で解決するとは思えない。
「う〜ん……。あ! もしキスをして戻ったら、ちょっとロマンティックっすよねぇ」
「私と空却が!? 無理無理、有り得ないって」
夢見る少女のように楽しそうに話す十四くんに、思わず叫び返してしまう。
「でも、何もしないよりは色々試した方が良いっすよ」
「流石に他の方法を試したいな……空却?」
先程から無言を貫く彼に視線をやると、眉間に皺を寄せてこちらを見詰めている。
空却も十四くんに言ってやってくれ、そう思いながら見詰め返すと、勢い良く胸倉を掴まれた。
「背に腹は代えられねぇか……。るあき、覚悟しやがれ」
言いながら目を閉じる空却。
「は!? 待って待って、極限状態で頭おかしくなってるって! まじで!?」
近付いて来る自分の顔に耐え切れず、私も強く瞼を閉じる。
近くで十四くんが「ひゃあ!」と高い声を上げていた。
「いややっぱり無理だよ!」
混乱しながらぐるぐると考えた結果、私は反射的に相手に頭突きをお見舞いしてしまった。
「いってぇ……! 何しやがる!」
「それはこっちの台詞だよ馬鹿空却! ……え!?」
お互いに額を撫でながら、目を大きく開いて見詰め合っていた。そんな私達を、十四くんは顔を覆った両手の隙間から覗いている。
『元に戻った!?』
下を向いて身体を確認し、両手を何度もひっくり返す。
「自分の身体だ……。良かった、私は波羅夷空却じゃなくて、ちゃんと黒椿るあきとして生きて行けるんだ……」
「良かったっすね、るあきさん!」
「よし、十四。戻った記念に飯でも奢らせてやるよ」
私とハイタッチをする十四くんに向かって、いつもの調子で空却が告げる。十四くんは眉を下げて呟いた。
「えぇ、なんで自分が……」
「変な提案ばっかしたんだから、これくらいさっさとやりやがれ」
「でも、勢い良くぶつかるって案は大成功だったっすよ。それに、キスだって満更でもな……うぅ、痛いっす空却さん! ほっぺ伸びちゃうっすぅ……!」
両頬を思い切り左右に伸ばされて涙目になっている十四くんを見て、私は慌てて止めに入る。
「もう、八つ当たりしないの! 空却が私にキスするのを許容出来るくらいには好意があるって事は、気付かないフリしてあげるから!」
なんて事を言いながら十四くんと空却をはがすと、私の両頬も伸ばされる結果となった。
十四くんと割り勘し、なだめすかしてなんとか空却の機嫌を戻す。そんな空却と『そういう関係』になるのは、もう少しだけ先の話であった。
─ END ─
【あとがき】
ずっと書きたかった入れ替わりネタです!
思い浮かべば他キャラも書いて行きたい……!
2025/11/30
近所の喫茶店で、期間限定のフルーツパフェが販売されるらしい。
一人でも良かったが、美味しいものや楽しい事は誰かと共有したい。きっと暇を持て余しているだろうと、私は空却に電話を掛けた。
珍しくワンコールですぐに出た彼は、電話だと言うのに普段と変わらない声量で口を開く。
『よう、るあき! どうした? 拙僧に用か?』
「うん、暇だったらで良いんだけど、これから喫茶店行かない? よく行くあそこの。期間限定のパフェが今日からスタートで、一人で行くのもなって思って」
そんな説明をすると、電話の向こうで空却が楽しそうに笑った。
『つー訳で、るあきに呼ばれちまったから拙僧は行くぜ! 掃除ならてめぇでしやがれクソ親父!』
灼空さんへ向けたと思しき言葉に、私は申し訳無い気持ちが募る。暇なんかじゃないじゃん、空却……。
彼のサボリ癖は今に始まった事では無いうえ、私にはどうする事も出来ないので、心の中で灼空さんに謝り、溜息を吐き出して通話を終える。
仕度を済ませて喫茶店への道を歩いていると、前方に空却の姿を捉えた。名前を呼ぶと、彼は振り返って足を止める。
「来てくれて嬉しいけど、掃除サボったら駄目でしょ」
「毎日毎日おんなじ事すんのもつまんねぇんだよ」
ケッと吐き捨て、空却は再び歩を進めた。私はそんな彼の隣に並ぶ。
「それも修行でしょ。そんな事言ってると、いつかバチが当たるよ」
私の小言を空却が面倒そうに適当な相槌で片付けた時、突然見知らぬ男が私達の行く手を阻んだ。
「波羅夷空却! 今こそ怨みを晴らさせてもらうぞ! くらえ!」
男は懐からマイクを取り出し、リリックを放つ。空却も素早くマイクを構え、私を庇うように一歩前に出た。
「はっ! そんな雑魚みてぇなリリックに拙僧がやられると思って……ッ!?」
男が放ったリリックを受けると、目を開いているのが難しい程の眩い光が辺りを包む。
すぐに光が収まり目を開いた時には、もう男は何処かへ逃げた後だった。
「クソッ、なんだったんだあいつ……。おい、大丈夫かるあき」
「私は大丈……え?」
前に立っていたはずの空却が居ない。後ろから私を心配する声が聞こえ振り返ると、なんと自分の姿が見える。
私の姿をした誰かは、目を見開いて驚いていた。
「私の目の前に、私が居るんだけど」
「奇遇だな。拙僧の目の前には、拙僧が居るぜ」
お互いの言葉を合わせると、私達は中身が入れ替わってしまっていると言う答えに辿りついてしまう。
そんなまさかと二人で近くの建物の窓ガラスの前に並ぶと、私の目の前には不安そうな顔をした空却が映っていた。隣を見ると、眉間に皺を寄せた私が居る。
「やっぱバチが当たったんだよ! 空却の所為じゃん!」
「どう考えてもさっきの男の所為だろ!」
「でも空却に怨み持ってるっぽかったよ。誰? 本当に知らない人?」
その問いに彼は腕を組んで思い出す素振りを見せるも、すぐにがしがしと頭を掻いた。
「どうせロクでもねぇ事して拙僧が喝入れてやった野郎だ。逆怨みも良いとこだ」
何処の誰かも分からないとなると、元に戻る方法を聞ける可能性は無いに等しい。
この先どうなるのか更なる不安に苛まれていると、空却に「拙僧の顔でんな弱っちぃ顔すんな」と怒られた。
「あいつのアビリティーかマイクの違法改造による副作用かは知らねぇが、しばらくすりゃ元に戻んだろ」
楽観的な空却に物申したい気持ちはあるが、ヒプノシスマイクについては彼の方が知り尽くしているだろう。
「とりあえずパフェでも食いに行こうぜ」
「この状況で!?」
思わずそんなツッコミを入れるも、恐らく不安がる私を少しでも安心させる為の言動だろうと思い至り、彼に並んで喫茶店への移動を再開させた。
喫茶店に到着し、二人分のパフェを注文する。先程の出来事を忘れわくわくして待っていると、頭上から聞き覚えのある声が降って来た。
「空却さんにるあきさんじゃないっすか! 相席しても良いっすか?」
見上げると、空却のチームメイトである四十物十四くんが、可愛い笑顔で問い掛けて来た。
どうぞと返すと、十四くんは迷わず私の隣に腰を落ち着ける。そうだ、私はいま空却の姿をしているんだった。
「お二人も、期間限定フルーツパフェを食べに来たんすか?」
「そうだよ。美味しそうだよねぇ。期間限定って響きがこの世で一番好きかも」
「それ分かるっす〜! なんか意外っすね、空却さん」
そうだ、私はいま空却の姿をしているんだった。
適当に笑って誤魔化していると、私達のパフェが到着した。このタイミングで、十四くんは店員さんに私達と同じパフェを注文する。
「わぁ、すごく美味しそう! メニューの写真よりフルーツ多い気がする。逆写真詐欺。ありがたい。写真撮っておこう」
先ほど荷物を交換した為、手元には自分のスマホがある。カメラを起動し撮影をしていると、隣に座る十四くんが面白そうに笑った。
「空却さんが写真撮ってる所、初めて見たっす! いつもすぐ食べちゃうのに。今日の空却さん、すごく楽しそうっすね!」
十四くんにとっては何気無い感想だが、私は思わず撮影する手を止める。向かいに座る空却は、「美味ぇ」と言いながら既に半分食べ終えていた。
そんな私達を交互に見やり、十四くんは更に鋭いツッコミを入れる。
「なんだかお二人、入れ替わったみたいっすね。一緒に居るとお互い似て来るってよく言うっすもんね〜」
運ばれて来た自分の分のパフェをつつきながら、十四くんが笑顔を向けた。
「なかなか鋭いじゃねぇか。拙僧達、入れ替わったんだわ」
「いやいや。るあきさん、流石に自分騙されないっすよ」
口角を上げにやりと笑う私の姿をした空却に、十四くんも笑い返す。
「ごめん、信じろって言う方が無理だよね……」
私は思わず眉を下げる。そんな空却の姿をした私を見て、十四くんはスプーンに掬っていたフルーツを落とした。
「空却さんが謝ったっす……」
十四くんは、あわあわと私を見ながら続ける。
「空却さん、熱でもあるんすか!? るあきさんもいつもと雰囲気違うし……。はっ! もしかして入れ替わ」
「だァから! そうだって言ってんだろうが!」
「うわぁん! るあきさんがぶったっす! 悪魔にでも取り憑かれちゃったんすか!?」
普通なら有り得ない状況に、十四くんは相当混乱している。私は隣に座る彼の頭を優しく撫でた。
「空却さんがめちゃくちゃ優しいっす……逆に怖いっす……」
余計混乱させてしまったようだ。
「十四くん、一旦パフェでも食べて落ち着いて……」
私の言葉に、十四くんはもぐもぐとマスカットを咀嚼する。私もパフェを口に運びながら話を続けた。
「此処に来る途中、空却に怨みがあるっぽい男にラップバトル……てか一方的にヒプノシスマイクで攻撃されて、気付いたら中身が入れ替わってたって感じなの」
「拙僧の予想じゃ、すぐ元に戻ると思うけどな」
ソフトドリンクを飲みながら空却も話に加わる。
「うーん……信じるしか無いから、とりあえずお二人が入れ替わった事を飲み込むっすけど……。めちゃくちゃ不便じゃないすか? 戻るまでお互いのフリをするって事すか?」
十四くんのツッコミに、私と空却は「確かに」と呟く。
「そこまで頭回ってなかった……。私は連休に入るから、しばらくはまぁ大丈夫かな」
「ディビジョンラップバトルも無ぇし、入れ替わっても面倒な事にならなかったのが不幸中の幸いって奴だな」
空却が頬杖をつきながら言う。ディビジョンラップバトルの参加があったら、私がリーダーとして参戦する事になっていたのだろうか。歴戦の猛者を相手にステージに立つ自分を想像して、思わず身震いする。
「待って、私は空却の代わりにお寺のお勤めをしないといけないって事? 大丈夫かな」
「最近、お寺に泊まって座禅とか写経とかするのが流行ってるらしいっすから、お坊さん体験だと思えばきっと楽しいっすよ」
他人事だと思って簡単に言う。そんな十四くんは、はわわ! と急に目を見開いた。
「そんな事より! お、お風呂とかどうするんすか!?」
入れ替わった私達より慌てている。再び「確かに」の声が空却と合う。
「この際お風呂は腹を括るとして……」
「括っちゃうんすか!?」
私の覚悟に、十四くんは驚いた表情をしながら叫ぶ。
「拙僧が今更こいつの裸を見た所で欲情なんざするかよ」
「浴場だけに、ってやかましいわ」
呆れたような顔でそう呟く空却を軽く睨みながら、私はそうツッコミを入れた。
そんな私達を、十四くんはまたも驚いた表情で見詰める。
「え、お二人ってもしかして、そういう関係なんすか?」
「そういう関係ってどういう関係よ。幼馴染みってだけだから」
変な誤解を否定しながら、私は話を戻す。
「空却にお願いしたいのは、お風呂上がりのスキンケアとヘアケア。これだけはしっかりやって」
「それは確かに大事っすね……!」
隣で十四くんが激しく頷く。向かいの空却は、面倒そうに外を眺めながら口を開いた。
「覚えてたらな」
「絶対やってよ? そもそも普段ちゃんとドライヤー使ってる? 髪濡れたまま放置しないでよ? あと、すっぴんであちこち出歩かないでね? コンビニくらいなら良いけど、出来ればマスクとか」
「だあぁっ! わーったよ! ったく、お前は拙僧のお袋かって」
そんなこんなでパフェを食べ終え、今後についての話もまとめると、私達はそれぞれ帰路に着いた。
今日一番の難関であるとされた入浴も、心を無にしていつものように済ませると意外となんて事は無い。
心身共に疲弊しきった己を休める為、普段より早く眠りに入る。
翌朝、何事も無く元に戻っている事を願いながら。
「ま、そんな都合良く戻ってる訳無いよね……」
目を覚ますと、昨夜見た空厳寺の天井が視界に入る。やはり一晩でどうにかなる事は無かったようだ。
外はまだ薄暗いが、私は布団を抜け出し身仕度をととのえる。
「掃除でも始めるか……広いからやり甲斐がありそう」
何かをしていた方が気が紛れるだろう。私は早速雑巾と水の入ったバケツを手に、お寺の中を拭いて回った。
一通り掃除し終え、次は竹箒を手にして境内の落ち葉を払っていた時、灼空さんがやって来た。私はいつも通り、元気に挨拶をする。
「おはようございます! 良い天気ですね」
そんな私の顔を、驚いた顔で見詰める灼空さん。そうだ、私はいま空却の姿をしているんだった。
空却を思い浮かべ、彼の真似をしようと口を開く。あいつ、灼空さんの事をなんて呼んでたっけ……。
「えっと……、もう掃除はほとんど終わらせたぜ! クソ親父!」
「空却〜〜〜!! 普段の行いを改めたかと関心しておったら!」
「うわぁ、すみませんすみません!」
灼空さんに追い掛けられ、思わず逃げ惑う。折角まとめた落ち葉は、ふわふわと風に舞ってしまった。
「そんでこのザマって訳か」
空却は、布団とロープで簀巻きにされた私を見下ろしてけたけたと笑った。
「助けて、空却……全然身動きが取れない……苦しい……」
「だから拙僧の顔で泣きベソかくんじゃねぇよ」
呆れながらも、空却はロープを解いて私を解放してくれた。
「ありがと……って、私の顔、いつもとなんか違くない?」
目の前の、私の姿をした空却を見詰める。
「十四の野郎が張り切って色々やったんだよ。なんか文句あっか?」
「文句なんてそんな……チャレンジした事無い色味だけど、不思議と合っててびっくりしてるよ。すごいね、十四くん」
後でメイクについて色々教えてもらおう。そんな事を考えていると、空却はすたすたと歩き出した。
「何処行くの?」
「元に戻る手掛かりを探しに行くに決まってんだろ」
あんなに「しばらく経てば戻るだろ」と楽観的だったのに、どういう心境の変化だろうか。
「……もしかして、スキンケアとか諸々が面倒だった?」
「あんなんよく毎日やってんな、るあき」
正解だったらしい。しかし、きちんとやってくれているとは意外である。
「とりあえず例の現場に来た訳だけど……また犯人に会えるのかな」
私達が入れ替わった場所の周辺を巡るも、それらしい人物は見付からない。
そして何の手掛かりも無いまま、更に数日が経過してしまった。
「私はもう波羅夷空却として生きて行くんだ、きっとそうなんだ……」
「だから拙僧の顔で全てを諦めた表情すんな」
例の場所を再び歩きながら、そんな愚痴をこぼす。すると空却の隣に居た十四くんが、思い付いたように口を開いた。
「お互い勢い良くぶつかったら、元に戻ったりしないっすかね?」
「そんな映画じゃないんだから……」
そもそもマイクが原因で入れ替わったのだ。物理的な行動で解決するとは思えない。
「う〜ん……。あ! もしキスをして戻ったら、ちょっとロマンティックっすよねぇ」
「私と空却が!? 無理無理、有り得ないって」
夢見る少女のように楽しそうに話す十四くんに、思わず叫び返してしまう。
「でも、何もしないよりは色々試した方が良いっすよ」
「流石に他の方法を試したいな……空却?」
先程から無言を貫く彼に視線をやると、眉間に皺を寄せてこちらを見詰めている。
空却も十四くんに言ってやってくれ、そう思いながら見詰め返すと、勢い良く胸倉を掴まれた。
「背に腹は代えられねぇか……。るあき、覚悟しやがれ」
言いながら目を閉じる空却。
「は!? 待って待って、極限状態で頭おかしくなってるって! まじで!?」
近付いて来る自分の顔に耐え切れず、私も強く瞼を閉じる。
近くで十四くんが「ひゃあ!」と高い声を上げていた。
「いややっぱり無理だよ!」
混乱しながらぐるぐると考えた結果、私は反射的に相手に頭突きをお見舞いしてしまった。
「いってぇ……! 何しやがる!」
「それはこっちの台詞だよ馬鹿空却! ……え!?」
お互いに額を撫でながら、目を大きく開いて見詰め合っていた。そんな私達を、十四くんは顔を覆った両手の隙間から覗いている。
『元に戻った!?』
下を向いて身体を確認し、両手を何度もひっくり返す。
「自分の身体だ……。良かった、私は波羅夷空却じゃなくて、ちゃんと黒椿るあきとして生きて行けるんだ……」
「良かったっすね、るあきさん!」
「よし、十四。戻った記念に飯でも奢らせてやるよ」
私とハイタッチをする十四くんに向かって、いつもの調子で空却が告げる。十四くんは眉を下げて呟いた。
「えぇ、なんで自分が……」
「変な提案ばっかしたんだから、これくらいさっさとやりやがれ」
「でも、勢い良くぶつかるって案は大成功だったっすよ。それに、キスだって満更でもな……うぅ、痛いっす空却さん! ほっぺ伸びちゃうっすぅ……!」
両頬を思い切り左右に伸ばされて涙目になっている十四くんを見て、私は慌てて止めに入る。
「もう、八つ当たりしないの! 空却が私にキスするのを許容出来るくらいには好意があるって事は、気付かないフリしてあげるから!」
なんて事を言いながら十四くんと空却をはがすと、私の両頬も伸ばされる結果となった。
十四くんと割り勘し、なだめすかしてなんとか空却の機嫌を戻す。そんな空却と『そういう関係』になるのは、もう少しだけ先の話であった。
─ END ─
【あとがき】
ずっと書きたかった入れ替わりネタです!
思い浮かべば他キャラも書いて行きたい……!
2025/11/30
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