麻天狼
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。*゚+──またここで
今日こそは早く帰るぞ。
そう誓っても、なかなか上手く行かないのはいつもの事である。
しかし幸いにも終電を気にして慌てるような時間ではないので、疲れた身体を労 るように、駅までの道をゆっくりと歩いた。
なんとはなしに、普段は通らない道を歩いてみたりする。それなりに遊具がある広い公園には、当然だがもう子供達の姿は見えない。
陽が落ちて静かな公園に足を踏み入れると、近くで誰かがしゃがみ込んでいた。
人が居るとは思わず、驚いて出かけた悲鳴をなんとか飲み込み、探し物をしているようなその人に声を掛けた。
「あの、何か探してるんですか?」
肩をびくりと震わせて振り向いたのは、真新しいスーツに身を包んだ若い女性だ。そばには同じくおろしたてと思われる鞄も置いている。
「家の鍵を探してて……。何処かに落としちゃったみたいで……」
「家の鍵!? それは大変ですね……俺で良ければ一緒に探しますよ」
そう答えると、女性は安心したような表情を見せた。恐らくずっと一人で探していたのだろう。こんな俺でも役に立てるのなら、頑張って見付け出そう。
鍵に付けているというキーホルダーの特徴を教えてもらい、薄暗い公園内を探し回る。
見知らぬ人間と黙々と探し物をする空気に耐えかねたのか、女性が小さく口を開いた。
「私、就職でこの春シンジュクに引っ越して来たんです。夢だったシンジュクです。でも仕事も全然慣れない事ばっかりで、覚えるのにも精一杯だし、先輩方には迷惑掛けてるし……。挙句の果てには家の鍵も失くしちゃって、今も人様に迷惑掛けてしまって……私って本当に社会人失格ですよね……」
ネガティブに考え過ぎてどんよりと沈んで行く彼女を見て、もっと前向きに考えても良いのではないかと心配してしまう。
しかし、もしかしたら俺は人の事を言えないのではないかと思うと、一二三と先生に申し訳無い気持ちが湧いて来た。
「入社したばかりなんですから、出来ない事が多いのは当然ですよ。それに、後輩に頼られるのは嬉しいって人は案外多いですから。分からない事を何度でも聞けるのは、新社会人の特権です」
俺のような中堅社員が上司に何かを尋ねようものなら「そんな事も分からないのか」と怒号が飛ぶが、それは弊社……いや、あの課長に限った事だろう。そう信じたい。
重い溜息を吐き出すと、彼女に「大丈夫ですか?」と心配そうに言われてしまった。
「すみません、大丈夫です……。俺も日々上手く行かない事だらけですけど、小さな幸せを見付けてなんとか頑張れています」
今日の夕飯はオムライスだと一二三からメッセージが来ていた。それを糧に残業も乗り越えて来たのだ。
「小さな幸せですか。……私は大好きな麻天狼の曲を聴いて、一日頑張るぞって気合い入れてます。シンジュクを選んだのも、麻天狼のファンだからなんです」
いま目の前に俺達のファンが居る嬉しさと、一応そのメンバーである俺に気付いてもらえない悲しさが複雑に絡み合いながらも、彼女の幸せそうな笑顔にこちらも自然と笑みがこぼれる。
「誰かの心の支えになれてるなら、俺も気合いが入ります」
彼女は小さく首を傾げた。独り言のように呟いた俺の言葉は、恐らく聞こえなかったのだろう。
「なんでもありません。あ、交番は行ってみましたか? 少し歩いた所にあるんですけど……」
「交番……そうか、すっかり頭から抜けてました……」
公園を出て数分歩いた先に交番がある。結論から言うと、無事にその交番で鍵を発見する事が出来た。
明るい交番内で、彼女は俺の顔を見てとても驚いた顔をしていた。
公園の方へ戻る道を二人並んで辿っていると、彼女が緊張した声音で呟く。
「あの、観音坂独歩くんですよね。麻天狼の。すみません、全然気付かなくて。ファン失格です……」
「いえ! ファンの人にも気付かれないのは日常茶飯事なので、全然大丈夫です!」
果たしてフォローになっているのかは分からないが、事実なので仕方無い。
せめてこの空気を和ませられるように、俺は「ははは」と笑ってみせた。少しわざとらしかったかも知れない。
彼女の顔を見ると、俺につられたように小さく笑った。
「私、本当に麻天狼の曲に救われてるんです。新曲の、三人の優しい歌声がすごく好きです」
「ありがとうございます。貴女が笑って過ごせるように、これからも誠心誠意うたいます」
そう返事をした所で、俺達が出会った公園へ辿り着いた。
街灯の光を浴びながら、彼女は深々と頭を下げる。
「本当にありがとうございました。憧れだった土地で、憧れの人に会えて、新生活も頑張れそうです」
「応援してます。もしつらい事があれば、またここで会いましょう。俺で良ければ、愚痴でもなんでも付き合います」
その言葉に彼女は顔を上げて笑顔を見せ、再び頭を下げてから公園を後にした。
その背中に向かって軽く手を振り、俺も帰路につく。
柄にも無く下手な口笛を吹きながら歩き出す。
ふと空を見上げると、星は俺達を見守るように静かに輝いていた。
─ END ─
【あとがき】
ゴールデンボンバーの「ドンマイ」という楽曲にインスピレーションを受けて書いたものです。
独歩と新社会人シリーズ、こちらもどうぞ。
▶金曜日にCheers
2025/05/28
今日こそは早く帰るぞ。
そう誓っても、なかなか上手く行かないのはいつもの事である。
しかし幸いにも終電を気にして慌てるような時間ではないので、疲れた身体を
なんとはなしに、普段は通らない道を歩いてみたりする。それなりに遊具がある広い公園には、当然だがもう子供達の姿は見えない。
陽が落ちて静かな公園に足を踏み入れると、近くで誰かがしゃがみ込んでいた。
人が居るとは思わず、驚いて出かけた悲鳴をなんとか飲み込み、探し物をしているようなその人に声を掛けた。
「あの、何か探してるんですか?」
肩をびくりと震わせて振り向いたのは、真新しいスーツに身を包んだ若い女性だ。そばには同じくおろしたてと思われる鞄も置いている。
「家の鍵を探してて……。何処かに落としちゃったみたいで……」
「家の鍵!? それは大変ですね……俺で良ければ一緒に探しますよ」
そう答えると、女性は安心したような表情を見せた。恐らくずっと一人で探していたのだろう。こんな俺でも役に立てるのなら、頑張って見付け出そう。
鍵に付けているというキーホルダーの特徴を教えてもらい、薄暗い公園内を探し回る。
見知らぬ人間と黙々と探し物をする空気に耐えかねたのか、女性が小さく口を開いた。
「私、就職でこの春シンジュクに引っ越して来たんです。夢だったシンジュクです。でも仕事も全然慣れない事ばっかりで、覚えるのにも精一杯だし、先輩方には迷惑掛けてるし……。挙句の果てには家の鍵も失くしちゃって、今も人様に迷惑掛けてしまって……私って本当に社会人失格ですよね……」
ネガティブに考え過ぎてどんよりと沈んで行く彼女を見て、もっと前向きに考えても良いのではないかと心配してしまう。
しかし、もしかしたら俺は人の事を言えないのではないかと思うと、一二三と先生に申し訳無い気持ちが湧いて来た。
「入社したばかりなんですから、出来ない事が多いのは当然ですよ。それに、後輩に頼られるのは嬉しいって人は案外多いですから。分からない事を何度でも聞けるのは、新社会人の特権です」
俺のような中堅社員が上司に何かを尋ねようものなら「そんな事も分からないのか」と怒号が飛ぶが、それは弊社……いや、あの課長に限った事だろう。そう信じたい。
重い溜息を吐き出すと、彼女に「大丈夫ですか?」と心配そうに言われてしまった。
「すみません、大丈夫です……。俺も日々上手く行かない事だらけですけど、小さな幸せを見付けてなんとか頑張れています」
今日の夕飯はオムライスだと一二三からメッセージが来ていた。それを糧に残業も乗り越えて来たのだ。
「小さな幸せですか。……私は大好きな麻天狼の曲を聴いて、一日頑張るぞって気合い入れてます。シンジュクを選んだのも、麻天狼のファンだからなんです」
いま目の前に俺達のファンが居る嬉しさと、一応そのメンバーである俺に気付いてもらえない悲しさが複雑に絡み合いながらも、彼女の幸せそうな笑顔にこちらも自然と笑みがこぼれる。
「誰かの心の支えになれてるなら、俺も気合いが入ります」
彼女は小さく首を傾げた。独り言のように呟いた俺の言葉は、恐らく聞こえなかったのだろう。
「なんでもありません。あ、交番は行ってみましたか? 少し歩いた所にあるんですけど……」
「交番……そうか、すっかり頭から抜けてました……」
公園を出て数分歩いた先に交番がある。結論から言うと、無事にその交番で鍵を発見する事が出来た。
明るい交番内で、彼女は俺の顔を見てとても驚いた顔をしていた。
公園の方へ戻る道を二人並んで辿っていると、彼女が緊張した声音で呟く。
「あの、観音坂独歩くんですよね。麻天狼の。すみません、全然気付かなくて。ファン失格です……」
「いえ! ファンの人にも気付かれないのは日常茶飯事なので、全然大丈夫です!」
果たしてフォローになっているのかは分からないが、事実なので仕方無い。
せめてこの空気を和ませられるように、俺は「ははは」と笑ってみせた。少しわざとらしかったかも知れない。
彼女の顔を見ると、俺につられたように小さく笑った。
「私、本当に麻天狼の曲に救われてるんです。新曲の、三人の優しい歌声がすごく好きです」
「ありがとうございます。貴女が笑って過ごせるように、これからも誠心誠意うたいます」
そう返事をした所で、俺達が出会った公園へ辿り着いた。
街灯の光を浴びながら、彼女は深々と頭を下げる。
「本当にありがとうございました。憧れだった土地で、憧れの人に会えて、新生活も頑張れそうです」
「応援してます。もしつらい事があれば、またここで会いましょう。俺で良ければ、愚痴でもなんでも付き合います」
その言葉に彼女は顔を上げて笑顔を見せ、再び頭を下げてから公園を後にした。
その背中に向かって軽く手を振り、俺も帰路につく。
柄にも無く下手な口笛を吹きながら歩き出す。
ふと空を見上げると、星は俺達を見守るように静かに輝いていた。
─ END ─
【あとがき】
ゴールデンボンバーの「ドンマイ」という楽曲にインスピレーションを受けて書いたものです。
独歩と新社会人シリーズ、こちらもどうぞ。
▶金曜日にCheers
2025/05/28
