麻天狼
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。*゚+──観音坂独歩大変身大作戦!
「めんずめいく……?」
「そう、メンズメイク!」
聞き慣れないワードを間抜けな顔で鸚鵡 返しする俺を、るあきはキラキラとした瞳で見詰めて来る。
「男がメイクなんかしてどうするんだよ? あ、でもナゴヤディビジョンの子とかメイクしてたよな……」
「あれはヴィジュアル系メイクで、またちょっと違うかなぁ」
ふむ、よく分からない。しかし、彼女の好きにさせるのが一番良いのかも知れない。
突然「独歩くんの格好良さを皆に知って欲しいから、メンズメイクさせて!」とお願いをして来たるあき。
るあきに格好良いと思われているだけで充分なのだが、彼女はこうなるとなかなか折れないので素直に了承する。
「まぁ、るあきの好きなようにしてくれ」
そうして始まった冴えないアラサー会社員・メイクで大変身大作戦。
「独歩くんは女性が綺麗になる為にするものってイメージ持ってると思うけど、メイクはそれだけじゃないんだよ」
言いながらるあきは、ポーチから様々な道具を取り出して並べて行く。
「肌のトーンを上げたりクマを消したりして爽やかな見た目にする事で、相手からの印象を良くする効果もあるの」
「なるほど……」
就活中の男子学生にメイクが流行っている、みたいな話は聞いた事があるかも知れない。
「じゃあ始めて行くね」
「宜しくお願いします」
ヘアバンドで前髪を上げた俺は、ぺこりと彼女に頭を下げた。
「まずは化粧下地を塗って行きます」
そう言ってるあきはチューブからクリームを出し、俺の顔に塗り広げて行った。ベースが大切らしく、隅々まで丁寧に塗られて行く。
「こんな感じかな。顔色が良くなった感じするの、分かる?」
鏡を覗くと、健康的な顔色をした自分と目があった。
「これだけでも、結構変わるもんなんだな」
次にるあきが取り出したのは、先程のチューブよりひと回り小さなスティック状の物だ。
「お次はこのコンシーラーを使って、クマを目立たなくして行きます。本当は規則正しい生活をして改善して行くのが良いんだけど……」
「うぅ、すみません……」
己の生活を呪いながら、再びされるがままになる。苦戦している彼女に申し訳無さが募って来た頃、るあきは大きな仕事を終えたように息を吐き出した。
すすめられた鏡を見て、俺は思わず大きな声が出る。
「おぉ! クマが綺麗に消えてる……!」
「どんどん格好良くなっちゃうから、私もテンション上がって来ちゃう」
るあきは俺の顔面をファンデーションで調えながら、楽しそうに笑った。
「私は独歩くんの下がり眉が愛おしくてたまらないんだけど、気弱そうな見た目は取引先にも舐められちゃうからね」
心当たりがあり過ぎて丸まる俺の背中をるあきはぽんぽんと叩き、アイブロウを使って俺の眉をなぞって行く。
「気持ち太めに書いて凛々しさをプラス……と。うん、良い感じ。最後にアイライナーで少しツリ目気味にして、頼れる営業マンに変身!」
額の汗を拭う仕草をして、るあきはひと息ついた。
「ついでに髪型も変えちゃおう!」
彼女は俺が着けていたヘアバンドを外すと、俺の前髪を手櫛で梳かして整髪料でセットし始めた。
「うんうん! すごく格好良い! これはもう営業成績トップ間違い無し!」
るあきに手放しで褒められ、正直悪い気はしない。鏡を見ると、普段の俺とは真逆の顔をした男が驚いた顔をしていた。
「俺じゃないみたいだ……。すごいな、るあき」
「独歩くんは素材が良いんだよ。いつもの独歩くんは守ってあげたくなる感じあるけど、今のキリッとした独歩くんには守って欲しくなっちゃうね」
嬉しい気持ちとなんだか情けない気持ちとが入り混じり、複雑な心境でるあきに礼を言う。
「こんな感じで行くから、明日はちょっと早起きしてね。独歩くんは格好良いんだぞ、って会社の人達に知ってもらわないと!」
そう意気込むるあきを微笑ましく思いながら、その日は早めに就寝する事にした。
そして翌朝。眠い眼を擦りながら布団を出ると、るあきがメイク道具を並べて既に準備をしていた。
「おはよう、独歩くん!」
「おはよ、るあき。朝から元気だな……」
洗顔を終え、昨日と同じようにヘアバンドを装着して彼女に頭を下げる。
るあきは手際良くメイクを進め、あっという間に別人のような俺が出来上がった。
その後は二人で朝食を食べ、気付けば出勤時刻が近付いていた。
「行ってらっしゃい! 今日の独歩くんはいつもより更に格好良いから、自信持ってね! 帰って来たら、今日の事教えてね!」
「ああ、ありがとう。行って来ます」
会社に到着するとやけに視線を感じ、自分のデスクに座ると周りが少しざわついた。
「観音坂、なんか雰囲気変わったな」
「絶対こっちの方が良いですよ!」
同僚達の褒め言葉も、普段ならお世辞や嫌みだと受け取ってしまうが、今の俺は素直に受け取る事が出来る。
「ありがとう。正直少し恥ずかしいというか、むず痒い感じもするけど……」
そう言い頬を掻く俺を、皆やけに優しい目で見ていた。
そんなこんなで、今日は色々な人が仕事を手伝ってくれたお陰で、俺は見事定時で帰る事が出来たのである。
陰気だなんだと毎日俺の見た目にケチを付けてくるハゲ課長も、今日は機嫌が良さ気で、あいつの笑顔なんか初めて見た気がした。
「見た目が変わるだけで、こんなに世界が優しくなるのか……」
俺まで何処か優しい気持ちになりつつ、真っ直ぐにるあきの自宅へ向かった。
「おかえり、独歩くん! どうだった?」
るあきは元気で可愛い笑顔で、俺を出迎えてくれた。
「ただいま。今日は優しい世界を味わえた気がする。皆、前より話し掛けやすくなったって言ってくれたよ」
話した事の無い女子社員に「恋人は居るんですか?」と聞かれた事は、流石に言わないでおこう。
ネクタイを緩めながらソファに沈むと、るあきの視線を感じた。その視線は何処か寂しそうである。
どうしたのか聞こうとした俺より先に、彼女は小さく口を開いた。
「女の子にもいっぱい話し掛けられた?」
「えっ……まぁ、いつもよりは……」
戸惑いながらも、隠す事では無いと思いそう返す。するとるあきは、ますます寂しそうな顔を見せた。
「ごめん、私が勝手にやった事なのに、いま勝手に嫉妬しちゃってる。格好良い独歩くんを知って欲しかったはずなのに、私だけが知ってたら良いって、わがままだよね……」
そんな事を言うるあきを、俺はソファから立ち上がって優しく抱き締める。
「俺の事をそんな風に褒めてくれるのは、るあきだけで充分だって思ってる。全然わがままなんかじゃないよ」
そのまま頭を撫でてやると、るあきは「優しいね」と呟いた。
翌日。いつも通りの姿で出社すると、昨日のような視線もざわつきも一切無い。深く息を吐いて自分のデスクに座ると、同僚が声を掛けて来た。
「あれ、すっかり元に戻ったな。昨日の観音坂、すごく良かったのに」
「はは、まあな。なんだかんだ、この方が落ち着く事が分かったよ」
俺も、るあきも。
いつも通りクマを目の下に残し、いつも通り猫背で、いつも通り誰も振り向かないような俺。
それでも、彼女に愛されているだけで充分なのだ。
「あ、観音坂さん。課長が呼んでますよ」
「えぇ……なんだよ、始業早々……」
我ながら少々恥ずかしいポエムじみた事を脳内で連ねていると、いつも通り課長に呼び出されてしまった。
これだけは、いつか脱却したいものである。
─ END ─
【あとがき】
2025/03/31
「めんずめいく……?」
「そう、メンズメイク!」
聞き慣れないワードを間抜けな顔で
「男がメイクなんかしてどうするんだよ? あ、でもナゴヤディビジョンの子とかメイクしてたよな……」
「あれはヴィジュアル系メイクで、またちょっと違うかなぁ」
ふむ、よく分からない。しかし、彼女の好きにさせるのが一番良いのかも知れない。
突然「独歩くんの格好良さを皆に知って欲しいから、メンズメイクさせて!」とお願いをして来たるあき。
るあきに格好良いと思われているだけで充分なのだが、彼女はこうなるとなかなか折れないので素直に了承する。
「まぁ、るあきの好きなようにしてくれ」
そうして始まった冴えないアラサー会社員・メイクで大変身大作戦。
「独歩くんは女性が綺麗になる為にするものってイメージ持ってると思うけど、メイクはそれだけじゃないんだよ」
言いながらるあきは、ポーチから様々な道具を取り出して並べて行く。
「肌のトーンを上げたりクマを消したりして爽やかな見た目にする事で、相手からの印象を良くする効果もあるの」
「なるほど……」
就活中の男子学生にメイクが流行っている、みたいな話は聞いた事があるかも知れない。
「じゃあ始めて行くね」
「宜しくお願いします」
ヘアバンドで前髪を上げた俺は、ぺこりと彼女に頭を下げた。
「まずは化粧下地を塗って行きます」
そう言ってるあきはチューブからクリームを出し、俺の顔に塗り広げて行った。ベースが大切らしく、隅々まで丁寧に塗られて行く。
「こんな感じかな。顔色が良くなった感じするの、分かる?」
鏡を覗くと、健康的な顔色をした自分と目があった。
「これだけでも、結構変わるもんなんだな」
次にるあきが取り出したのは、先程のチューブよりひと回り小さなスティック状の物だ。
「お次はこのコンシーラーを使って、クマを目立たなくして行きます。本当は規則正しい生活をして改善して行くのが良いんだけど……」
「うぅ、すみません……」
己の生活を呪いながら、再びされるがままになる。苦戦している彼女に申し訳無さが募って来た頃、るあきは大きな仕事を終えたように息を吐き出した。
すすめられた鏡を見て、俺は思わず大きな声が出る。
「おぉ! クマが綺麗に消えてる……!」
「どんどん格好良くなっちゃうから、私もテンション上がって来ちゃう」
るあきは俺の顔面をファンデーションで調えながら、楽しそうに笑った。
「私は独歩くんの下がり眉が愛おしくてたまらないんだけど、気弱そうな見た目は取引先にも舐められちゃうからね」
心当たりがあり過ぎて丸まる俺の背中をるあきはぽんぽんと叩き、アイブロウを使って俺の眉をなぞって行く。
「気持ち太めに書いて凛々しさをプラス……と。うん、良い感じ。最後にアイライナーで少しツリ目気味にして、頼れる営業マンに変身!」
額の汗を拭う仕草をして、るあきはひと息ついた。
「ついでに髪型も変えちゃおう!」
彼女は俺が着けていたヘアバンドを外すと、俺の前髪を手櫛で梳かして整髪料でセットし始めた。
「うんうん! すごく格好良い! これはもう営業成績トップ間違い無し!」
るあきに手放しで褒められ、正直悪い気はしない。鏡を見ると、普段の俺とは真逆の顔をした男が驚いた顔をしていた。
「俺じゃないみたいだ……。すごいな、るあき」
「独歩くんは素材が良いんだよ。いつもの独歩くんは守ってあげたくなる感じあるけど、今のキリッとした独歩くんには守って欲しくなっちゃうね」
嬉しい気持ちとなんだか情けない気持ちとが入り混じり、複雑な心境でるあきに礼を言う。
「こんな感じで行くから、明日はちょっと早起きしてね。独歩くんは格好良いんだぞ、って会社の人達に知ってもらわないと!」
そう意気込むるあきを微笑ましく思いながら、その日は早めに就寝する事にした。
そして翌朝。眠い眼を擦りながら布団を出ると、るあきがメイク道具を並べて既に準備をしていた。
「おはよう、独歩くん!」
「おはよ、るあき。朝から元気だな……」
洗顔を終え、昨日と同じようにヘアバンドを装着して彼女に頭を下げる。
るあきは手際良くメイクを進め、あっという間に別人のような俺が出来上がった。
その後は二人で朝食を食べ、気付けば出勤時刻が近付いていた。
「行ってらっしゃい! 今日の独歩くんはいつもより更に格好良いから、自信持ってね! 帰って来たら、今日の事教えてね!」
「ああ、ありがとう。行って来ます」
会社に到着するとやけに視線を感じ、自分のデスクに座ると周りが少しざわついた。
「観音坂、なんか雰囲気変わったな」
「絶対こっちの方が良いですよ!」
同僚達の褒め言葉も、普段ならお世辞や嫌みだと受け取ってしまうが、今の俺は素直に受け取る事が出来る。
「ありがとう。正直少し恥ずかしいというか、むず痒い感じもするけど……」
そう言い頬を掻く俺を、皆やけに優しい目で見ていた。
そんなこんなで、今日は色々な人が仕事を手伝ってくれたお陰で、俺は見事定時で帰る事が出来たのである。
陰気だなんだと毎日俺の見た目にケチを付けてくるハゲ課長も、今日は機嫌が良さ気で、あいつの笑顔なんか初めて見た気がした。
「見た目が変わるだけで、こんなに世界が優しくなるのか……」
俺まで何処か優しい気持ちになりつつ、真っ直ぐにるあきの自宅へ向かった。
「おかえり、独歩くん! どうだった?」
るあきは元気で可愛い笑顔で、俺を出迎えてくれた。
「ただいま。今日は優しい世界を味わえた気がする。皆、前より話し掛けやすくなったって言ってくれたよ」
話した事の無い女子社員に「恋人は居るんですか?」と聞かれた事は、流石に言わないでおこう。
ネクタイを緩めながらソファに沈むと、るあきの視線を感じた。その視線は何処か寂しそうである。
どうしたのか聞こうとした俺より先に、彼女は小さく口を開いた。
「女の子にもいっぱい話し掛けられた?」
「えっ……まぁ、いつもよりは……」
戸惑いながらも、隠す事では無いと思いそう返す。するとるあきは、ますます寂しそうな顔を見せた。
「ごめん、私が勝手にやった事なのに、いま勝手に嫉妬しちゃってる。格好良い独歩くんを知って欲しかったはずなのに、私だけが知ってたら良いって、わがままだよね……」
そんな事を言うるあきを、俺はソファから立ち上がって優しく抱き締める。
「俺の事をそんな風に褒めてくれるのは、るあきだけで充分だって思ってる。全然わがままなんかじゃないよ」
そのまま頭を撫でてやると、るあきは「優しいね」と呟いた。
翌日。いつも通りの姿で出社すると、昨日のような視線もざわつきも一切無い。深く息を吐いて自分のデスクに座ると、同僚が声を掛けて来た。
「あれ、すっかり元に戻ったな。昨日の観音坂、すごく良かったのに」
「はは、まあな。なんだかんだ、この方が落ち着く事が分かったよ」
俺も、るあきも。
いつも通りクマを目の下に残し、いつも通り猫背で、いつも通り誰も振り向かないような俺。
それでも、彼女に愛されているだけで充分なのだ。
「あ、観音坂さん。課長が呼んでますよ」
「えぇ……なんだよ、始業早々……」
我ながら少々恥ずかしいポエムじみた事を脳内で連ねていると、いつも通り課長に呼び出されてしまった。
これだけは、いつか脱却したいものである。
─ END ─
【あとがき】
2025/03/31
