克彦×珠洲

 今回の月のものは珍しく重い。朝からだるい身体を動かして学校に行ったはいいが、貧血と腹痛でふらふらしそうになる。
 このままではまずいと思い、珠洲は保健室で休むことにした。休み時間に保健室に行くと言うと、晶やエリカ、賀茂は心配してきたが、本当の理由は言いにくい。
 ただの貧血だからとそそくさと教室を後にした。同じ女性であるエリカは察してくれたようで、着いてこようとする男子に「しつこいのよ!」と喝を入れていた。
 エリカに感謝しつつ、珠洲はのそのそとした動きで保健室へと辿り着いた。保険医には「生理が重くて休みに来ました」と素直に言うことができてよかった。珠洲はベッドに横になっているうちに眠気がやってきていつの間にか眠ってしまった。

 人の気配が近くにある。それで珠洲は目が覚めた。ぼんやりとする頭で気配のする方を見ると、そこには克彦が椅子に座って珠洲の手を握っていたのだ。
「起きたのか」
 普段より幾分か柔らかい声に珠洲はどうかしたのかの思う。
「克彦さん、どうしてここに?」
「ホームルームが終わって高原から珠洲が倒れたと聞いて来てみれば、ただの貧血とはどういうことだと問おうと思ってな」
 エリカならやりかねない。ホームルームが終わったということは、今は放課後だ。克彦に悪いことをしたなと謝罪の言葉を口にしようとしたら、下腹部がズキっと痛む。
「つっ……!」
「どうした、珠洲!」
 お腹を抑えて身を丸くする珠洲に、克彦は椅子から立ち上がり珠洲の身体に触れた。
「どこが痛い、言ってみろ」
「お腹が痛くて……」
「腹?」
 それで頭のいい克彦は珠洲がどうして貧血になったのか理解したらしい。
「月のものか」
 恋人にそう言われて珠洲は恥ずかしくなったが、嘘はつきたくなかった。赤面しながらこくんと小さく頷いた。珠洲は布団を頭から被り、克彦から身体を隠す。
 それを見た克彦は「そう警戒するな」と椅子に座り、団子になっている珠洲へと優しく声をかけた。
「女は毎月大変だな。いつもそんなに重いのか?」
「……いつもはこんなに重くないです。でも、今回はちょっとダメでした」
 くぐもった声が克彦の耳に届く。克彦は「珠洲、顔を見せてくれ」と甘く囁くと、珠洲は少し顔を出し克彦を見つめる。
 そんな様子の珠洲に克彦は苦笑した。
「そんなに恥ずかしがることはないだろう。珠洲は女なんだ、月のもので悩んで何がおかしい」
 今度は珠洲が苦笑する番だった。異性で、しかも恋人に性的なことを知られることが恥ずかしいと思う乙女心を理解していない克彦に、何か言ってやりたくなる。
「克彦さんは乙女心が分かってないです」
「なんだ、それは」
「いいですか克彦さん、女の子は繊細なんですからね。ちょっとのことで気持ちが揺らぐんですよ」
 顔が青い珠洲に言われて思うことがあったのか、克彦はため息をつくたくなるのをぐっと堪えた。
「では、どうすればいいんだ」
 何かしてほしいというわけではなかったのに、克彦はそう言って珠洲の願いを叶えようとしてくれた。その優しさに笑顔が綻ぶ。
「……じゃあ、手を繋いでください」
「それだけでいいのか?」
「はい」
 珠洲は布団を剥いで顔を出した。そっと伸ばした手を優しく包んでくれる大きな手に安心する。
「冷たいな、大丈夫か」
「ちょっと寒いです」
「布団をかけろ」
 克彦は布団を珠洲の顎くらいまで持っていき、全身を包むようにして掛けた。また手を繋ぎ直し、ぎゅっと握られると冷えた身体が温かくなるような気がした。
「もう少ししたら帰ります」
「俺が送ってやろう」
「お願いします」
「そうだ、粥を作ってやる。なんなら泊まってやってもいい」
 いつもの珠洲ならそこまでしなくてもいいと言うのだが、生理で気分まで沈んでいるため甘えることにした。
「克彦さん、そばにいてくれますか?」
「ああ、お前が願うのならそばにいてやる」
 克彦はふわりと笑みを浮かべると、珠洲は泣きそうになる。
「おい、なぜ泣きそうになる」
 焦っている克彦が可愛くて、愛おしくてたまらない。生理になるとマイナス思考になりがちになってしまうのが珠洲のよくないところだ。それでも、大好きな人が身を案じそばにいると言ってくれるのが嬉しくて、普段は嫌な気持ちになるものもたまにはいいかななんて思う。たまには、だが。

 それから三十分ほど目を瞑り再び眠った珠洲は克彦に起こされてベッドから起き上がる。
「歩けるか」
「はい、大丈夫です」
 そう言ったそばからふらふらしている珠洲にため息をついて、克彦は腰を抱き珠洲を抱き寄せた。
「荷物は小太郎に預けてある。ほら、行くぞ」
 用意がいい克彦に腰を抱かれながら珠洲は家までの道中を歩いた。
 玉依姫と守護者の距離の近さに通りすがったおばさまは「まあまあ」なんて言って温かい視線を寄越した。
 以前なら訝しげに見られただろうに、夏と秋が来てからはそれも少しずつなくなった。もちろん珠洲が玉依姫として頑張ったおかげでもあるが、亮司やその父の働きかけも大きい。綿津見村はいい方へ向かっているのだ。
 幸い、人の視線を全く気にしない克彦だからこそどうにかなっている部分もある。
 海神神社の前にある階段をなんとか登り切り、澄んだ空気を吸うとだいぶ気分がよくなった。
「ここはいつ来ても空気が澄んでいるな」
「それはそうですよ、代々高千穂家が守ってきた神聖な場所ですからね」
「そうだったな」
 珠洲が見上げると、克彦はひどく柔らかな表情を浮かべていた。いつもの仏頂面はどこへやら。この人のこんな素顔を見られるのは珠洲だけなのだと思うと面映い。
 珠洲は照れを隠すように克彦を家へと促した。
「ただいま」
「邪魔をする」
 二人で玄関をくぐると、沙那と加奈、真緒に陸が出迎えてくれた。
「珠洲、顔色がよくないわ。……ああ、そうね、そういえばそろそろだったわね」
「主様、布団を敷いて参ります!」
「主、無理をするでないぞ」
「姉さん、大丈夫?」
 三者三様珠洲の体調不良の原因に思い当たり、沙那と加奈は急いで珠洲の部屋へと向かった。残ったのは真緒と珠洲、克彦と陸である。
「克彦くん、珠洲のことをお願いね」
「言われなくても」
「真緒姉さん!?」
「真緒姉さん、壬生先輩に姉さんを預けるのはどうかと思うよ」
 真緒は珠洲が月のもので具合が悪くなったと理解して、敢えて克彦に世話を頼んだのである。
「いいのいいの、こういう時は素直に甘えるものよ。そうだ、二人の鞄は小太郎くんから預かってるから大丈夫よ。じゃあ、克彦くん、どうぞごゆっくり。ほら、陸、行くわよ」
「ああ」
「ちょっと、真緒姉さん!?」
 真緒はにこりと笑ってくるりと踵を返し、お邪魔虫は退散しなきゃと言って陸を連行した。玄関には珠洲と克彦が取り残される。
「珠洲、ぼうっとしてないで靴を脱げ。それとも脱がしてほしいのか?」
「じ、自分でできます!」
「じゃあさっさと脱げ」
 珠洲はローファーを脱いで室内に上がり靴を揃えた。克彦も同じように靴を揃えて珠洲を伴い歩き出す。
 手洗いうがいを済ませて、着替えをする際に克彦は台所を手伝うと言い出て行ってしまったので、珠洲は急いで部屋着に着替えた。髪をほどき、沙那と加奈が敷いてくれた布団に横たわる。
 すると、すぐに襖が開いて克彦が入ってきた。克彦は珠洲の布団の前であぐらをかいて座る。
「沙那達から追い出されちゃいました?」
「ああ、あとお前の姉にもな」
 なんとなくその場が想像できた珠洲は、なんだかおかしくてくすくす笑った。
「何がおかしい」
「別に、なんでもないです。克彦さん、手を握ってください」
「……ああ」
 釈然としていない様子の克彦は、それでも珠洲の要求を蹴ることはせずぎゅっと手を握った。
「克彦さん、肌寒いです」
「俺にどうしろと?」
「……一緒に寝てほしいです」
「なに?」
 人肌が恋しくなった珠洲は大胆なお願いをした。寝る時は裸族だと知っている克彦にそのようなお願いをしたのだ、驚いて当然だろう。
 克彦は再びため息をついた。
 ブレザーだけ脱ぎ、ワイシャツとスラックスのみになった。ネクタイをほどき、ブレザーとネクタイを丁寧に畳み布団に入る。
 珠洲は布団に入ってきた克彦に身を寄せると、克彦はぐいと珠洲を抱き寄せた。布越しに伝わる温かい体温が心地よい。静かな室内はお互いの息づかいと鼓動の音がよく聞こえた。
 珠洲は克彦の腕に抱かれながら、彼の胸に耳を寄せ心音を聞く。トクントクンと規則正しく鳴る鼓動の音に眠気が誘われる。
 克彦は珠洲の指通りのいい髪を梳いた。好きな人に髪を触られるのは心地よくて安心する。珠洲はそのまま眠りについた。
「……はあ、全く。俺の理性に感謝するんだな」
 すうすうと眠りこけている恋人を抱き寄せて、克彦も珠洲の寝息につられるように目を閉じた。段々まどろんできた克彦は、そのまま眠気に身を委ねる。
 こんな風に誰かと寝るのは幼い時以来だ。克彦は在りし日に想いを馳せ、珠洲のことを考えながら穏やかな眠りについた。

「あらあら、そのまま寝ちゃったのね」
「真緒姉さん、起こしてもいい?」
「陸、だめですよう。主様の逢瀬を邪魔してはいけません」
「そうじゃ、お主はいい加減姉離れせい」
 夜ご飯ができたので珠洲の部屋へと料理を運ぶと、恋人二人は抱き合って眠っていた。あどけない寝顔の二人に真緒は優しい笑みを浮かべ「お料理はあとで温めれば食べられるもの。今はゆっくり寝かせてあげましょうね」と言って、使い魔二人と弟を引っ張って愛する妹の部屋を後にした。
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