克彦×珠洲

 海神神社で行われた夏祭りは、みんなでわいわいと楽しく過ごしてお祭りは終わった。
 みんなそれぞれ帰宅の準備をしているところで、珠洲は恋人である克彦の服の裾をくいくいと掴んだ。
「なんだ、珠洲」
「克彦さん、この後時間ありますか?」
 小さな声で言う珠洲に、克彦はきちんとその声を拾った。何かあるのだろうかと克彦が目で続きを促すと、珠洲は「二人だけで過ごしたくて」とお願いをした。
 その可愛らしいお願いに二つ返事で「時間ならある」と言った克彦は、弟の小太郎に先に帰るように言い渡した。
 小太郎はなんでと問う前に兄の傍らにいる珠洲を見て全てを悟り「今日は帰って来なくてもいいぜー」なんて言ってのけたのである。
 それを地獄耳の陸が聞いていたようで「姉さんの用が終わったら帰ってください」と鋭い表情で言うが、克彦は挑発するように「お前の姉から二人きりがいいと言われたんだが?」などと言ってしまったせいで一触即発状態になり、あわや乱闘が起きようとしたところで鶴の一声があった。珠洲だ。
「二人とも喧嘩しないで! 克彦さん、挑発するようなことを言わないでください。陸、克彦さんと用事が終わったら帰ってもらうから」
 克彦と陸は「珠洲/姉さんがそう言うのなら」と言って握っていた拳を下ろした。珠洲の勝ちである。
 守護者や典薬寮の二人は呆れて克彦達を見ていたが、なんとか収まった場に今度こそ解散する。
 珠洲は克彦の手を取って家の裏側に連れて行った。
「沙那、あれ持ってきて」
 主の声に沙那はひょこっと現れ「はいです!」と返事をして消えた。
 珠洲は縁側に座るよう克彦を促して、ぽすんと腰を落とす。二人仲良く座って談笑していると、バケツと縦に長いプラスチックの袋を持った沙那が現れた。
「沙那、ありがとう」
 珠洲はそれらを受け取って手持ち花火の準備を進めた。
「いえ、これも使い魔の務めですから。どうぞごゆっくりお楽しみくださいね」
 にこにこ笑いながら沙那は一礼をすると、その場から離れた。
「なんだ、花火がしたかったのか」
「はい。今日はみんなでお祭りするのも楽しかったですけど、克彦さんと二人きりの時間が欲しくて。……ダメでしたか?」
 上目遣いでうるんだ瞳を見れば、そんな愛くるしい様を見ていくら克彦でも嫌とは言えなかった。
「……いいや、ダメなんかじゃない」
 マッチで火を熾そうとしている珠洲は、角度が悪いのかイマイチうまく火がつかない。
「貸してみろ」
 克彦はマッチを受け取ると一発で火を熾すことができたので、珠洲は拍手をして「克彦さん、すごいです!」と喜んだ。克彦は得意げになりマッチからろうそくへと火を移した。マッチの火は息を吹きかけて消し、水の入ったバケツへと放り込む。
「これくらい簡単だ」
「でも、私はできなかったですよ」
「それはお前が下手だからだ」
「ひどい……」
「事実だろう」
 恋人にも容赦なくピシャリと言い捨てる克彦は、それでいて楽しそうだった。いつもの皮肉やいじわるではない、慈しみのある目をしている。
「もう、そんな顔をしたって許してあげませんからね」
「どうだか」
 珠洲は拗ねながらろうそくについた火を花火の先に当てる。しばらくするとボッと音を放ち色鮮やかな花火がついた。
「わあ、きれい!」
 先ほどのむくれ面はどこへやら、花火を見てきらきらと表情が輝いている。夜のせいで視界が普段より悪いが、それでも珠洲の顔は明るくて可愛らしい。
「ほら、克彦さんも!」
 珠洲に花火を渡された克彦は、やれやれといったように珠洲に付き合うことにした。そうすれば、目の前の少女が喜ぶことが分かっていたから。
 克彦は珠洲から花火の火を分けてもらい、手持ちの花火が閃光を放つ。幼い頃にやって以来、久しぶりにする花火は確かに悪くなかった。
「悪くないな」
「こういう時は素直に楽しいって言うんですよ」
「うるさいぞ」
 一本、また一本とお互いに消費して残るは線香花火だけとなった。普通の花火は音と光で楽しませてくれるが、線香花火は静かな光が落ちていく様があまりにも一瞬で克彦は夏の終わりを感じて物悲しくなったものだ。
「さあ、線香花火やりましょう」
「ああ」
 二人ともしゃがんで線香花火に火をつける。小さな赤くてオレンジ色をしている玉が少しずつ大きくなり、やがてぼとっと落ちた。
 珠洲がどちらが長く持つことができるか競争しようと言うものだから、勝負事には負けたくない克彦はすぐに乗った。
 二勝二敗。お互い残すところ一本だ。火をつけて最後の勝負に挑む。
「克彦さん、楽しいですね」
 至近距離で見る珠洲の顔は、先ほどまでの子どものような無邪気な顔と違い、大人びた美しい女性の顔をしていた。克彦を慈しむような、そんな表情でこちらを見やる珠洲の神々しさにも似た美しさに克彦は目が奪われる。
「珠洲」
 彼女の名前を呼んだ瞬間、克彦の持っていた線香花火はぽとりと落ちてしまった。そこで珠洲の勝ちが決まる。
「やった! 私の勝ちですね」
 珠洲の手にはまだオレンジ色の玉が残っていた。
「ああ、俺の負けのようだ」
 克彦が珍しくあっさりと負けを認めるものだから、珠洲は目を瞬いてきょとんとしていた。それからあっという間に線香花火は落ちて、辺りはろうそくだけの明かりだけになる。
 克彦は持っていた線香花火をバケツに入れて、鈴の手にある花火も同じようにバケツへと放った。
 風もそよいで海からの潮風が香る。夏の茹だるような暑さは夜になると鳴りをひそめ、じんわりとした暑さが二人を包む。
 なんとなくキスがしたい。
 二人は自然と顔を寄せ合い、唇をそっと重ねる。ただ触れるだけのキスだが、それでもよかった。しっとりとした唇の感触が残る。
 至近距離で見つめ合い、額をこつんと合わせる。珠洲の笑い声が反響するようにすぐそばで聞こえるのが心地よい。
「克彦さん、また来年も花火しましょうね」
「ああ」
「約束ですよ」
「俺はできない約束はしない」
「嬉しい」
 もう一度触れるだけのキスをする。火薬のにおいが鼻を掠める。でも、嫌じゃなかった。
 二人で火の後始末をして、克彦は珠洲をすぐ近くの家まで送ってから帰宅した。
 小太郎からは「兄貴、スケベな顔してる」とにやにやしながら言われたので、ゲンコツで殴っておいた。

 その日から克彦は火薬を嗅ぐと夏に珠洲とやった花火と泡沫のキスを思い出すようになり、過去の思い出がきれいなものへと昇華し美しい記憶へと変わったのだ。
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