克彦×珠洲

 克彦という男と付き合うようになり、珠洲は分かったことがある。
 それは、克彦は手を出すのが早いということだ。
 裸で迫られたこともあったし、真正面から抱きすくめられたり、想いが通じ合ってすぐにキスをした。戦いが終わった後、弟の小太郎がそばにいるにも関わらずキスをしてきたのだから、きっと間違いない。
 珠洲は恥ずかしがり屋だ。キスをしているところなんて見られたら、たまったものではない。
 克彦には人目を避けるということが頭にないのか、割とスキンシップをしてくるのでそれもまた困っていた。困っているからといって嫌なわけではないので、それもまた悩みの種であった。

「珠洲、昼食の時間だぞ」
 そう言って教室にやってきたのは、珠洲の恋人克彦その人だった。クラスの女子はイケメンがやって来たことに色めき立つが、目的は玉依姫だと分かると皆一様に難しい顔をしている。
「克彦さん」
 珠洲は席を立ち、お弁当と水筒を持ってそそくさと教室を出た。廊下まで出ると安堵の息をこぼす珠洲に、克彦は美しい顔を歪めさせた。
「なぜこそこそする」
「だって、まだみんなと和解できてないし、克彦さんはかっこいいから余計疎まれちゃってるし……」
「なんだ、そんなことか」
 克彦はなんてことのないように言うが、珠洲としてはこれからの生活がかかっているので死活問題である。
「もう龍神の件は解決したのだから、堂々としていればいいんだ」
「でも」
「なんだ、お前は自信がないのか?」
 図星を刺されぐさっとくる。克彦の言う通り、珠洲は自分に自信がないのだ。あの克彦と結ばれたことだって奇跡に近いというのに、本人は全く分かっていない。自分がどれだけ素敵な人で、かっこいいのかを。
 克彦は思案顔になり、人のいない空き教室に珠洲を連れて行く。
「いいか、よく聞け。俺はお前だから好きになったんだ。他の誰でもない、がむしゃらに前を向いて明日への希望を信じるお前だから惚れたんだ。お前を好きになったのはこの俺だ、誰になんて言われようと、俺の隣に相応しいのは珠洲だけだ」
「克彦さん……」
 唐突な愛の言葉に珠洲はときめく。愛する克彦にそう言われただけでころっと心が傾いてしまうのだから、恋する乙女というのはいかに簡単にできているかよく分かるものだ。
「……仕方ない。俺の女だという自覚を持てるようにしてやる」
 克彦に手を引かれ空き教室から出ると、野次馬をしていたらしい一部の生徒が廊下にいた。
「そんなに見たいのなら見せてやろうじゃないか」
「え、なにを……」
 逞しい腕でぐいと抱き寄せられたかと思えば、身体を固定され頤を掴まれて唇を奪われた。克彦の薄い唇は弾力があり、食むように唇を動かされる。息が苦しくて口を開けばぬるりとしたものが口内に入って来た。──あの克彦に、ディープキスをされている。好きなように動く舌は珠洲の戸惑う舌先をいとも容易く引き寄せて、じゅうと吸った。
「んん、んぅ……!」
 くぐもる声は声にならず、ただの音として発するだけだった。
 一度唇を話した克彦は「鼻で呼吸するんだ」と言って、またしても唇を寄せてキスをした。
 イケメン兄弟の兄の方が暴走している、そんな声が聞こえてくるが珠洲はそれどころではない。与えられる奇妙な感覚は、珠洲の身体を熱に染め上げる。なんだろう、この高なる感覚は。
「いい顔するじゃないか。今日はこれでやめてやる。……おい、そこのギャラリーども、こいつは俺の女だ、何かしたら俺が許さない」
 くたくたになった珠洲の腰を抱き、お姫様抱っこして逃げの姿勢に入る。珠洲には二人分の弁当を持たせたので大丈夫だろう。
 こういう時は司書室に逃げ込むのが一番だ。村長になった亮司の元にやってくる者はそういない。くる者といえば、同じく珠洲を想う男しかいないからだ。牽制の意味も込めて見せつけてやったキスは、ただの克彦の自己満足だけではない。珠洲のことを心から愛しているからキスをしたのだ。
 颯爽と歩き司書室まで向かう道中、珠洲は「やっぱり克彦さんは手が早い!」と克彦の腕の中で呻いていた。
「遅くてどうする。男なら、好いた女を手籠にしようとするだろうが」
「て、てごめ……!? え、えっちすぎます!」
 珠洲はかつてないほど赤面し、「もうお嫁にいけないー!」と半べそをかいていた。克彦は呆れてしまう。
「何を言っている。お前は俺の妻になるのだから、何も心配することはないだろう」
「そういうことを言ってるんじゃありません!」
 珠洲の空しい叫びは廊下に木霊する。克彦は手が早いと思っていたけれど、このままでは近いうちに全部食べられてしまう気がしてならない。オオカミに狙われた赤ずきんにでもなった気分だ。尤も、意味は違うのだが。
 それよりも、もっとすごいことを言われた気がして珠洲ははたと動きを止めた。
「待って、克彦さん、私をお嫁さんにしてくれるの?」
「そうだと言っている。聞こえなかったのか? ……ああ、言って欲しいのか、なるほど」
 妖しく笑う克彦に、珠洲はくらくらしてきた。この人の纏う雰囲気は艶めかしいのだ。
「間に合ってます!」
「そう遠慮するな」
「本当に間に合ってますからー!」
 珠洲の叫びは再び木霊する。克彦は楽しそうに笑い、抱き込んでいる珠洲の額にキスを落とした。
「お前は俺だけの玉依姫だよ、珠洲」
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