亮司×珠洲

「珠洲、手を繋いでもいい?」
「珠洲、抱きしめてもいい?」
「珠洲、キスしたい」

 亮司という男は割とスキンシップが好きなのだと珠洲が気づいたのは、親友であるエリカに指摘されてからだった。

 夏休みが明け、一学期と同じようにエリカと司書室でご飯を食べようと扉を開けると、そこには珍しく亮司の姿がなかった。
 綺麗な字でメモが残されており【珠洲へ】と名指しで書かれている。その隣に小さく【珠洲以外の人へ】とも書かれていた。
 メモを拾ったエリカは呆れて「なによ、これ」と口をついた。
「ま、まあまあ、落ち着いて」
 珠洲はエリカにぐっと近づきメモを読んでみる。そこには、今日は祖父から引き継いだ父の補佐をしなければならないので、昼ご飯は一緒に食べれないといった旨が書かれていた。
「交際宣言したと思ったら今度はこれ? 亮司さんも中々やるじゃないの」
 エリカはメモをぐしゃっと握りそうになったので、珠洲は慌てて止めた。
「待って! そのメモ、私にくれないかな……?」
 頬を染めて上目遣いでそんな風に可愛くおねだりされたら、珠洲にだけ甘いエリカは二つ返事で「いいわよ」とメモを渡した。
「ありがとう、エリカ」
「いいえ、どういたしまして」
 ただメモを渡しただけなのにこれだけ感謝されるのだから、エリカも悪い気はしない。
「亮司さん、あれから忙しくしてるみたい」
 珠洲は椅子に座るとお弁当を広げておかずを口にした。
「そうみたいね。この村がいい方へ行くよう私も願ってるわ」
 エリカも珠洲にならうように椅子に座り、お弁当を広げて箸でつつく。
「亮司さんならきっとうまくやってくれると思うの」
 龍神の件以降、本格的に交際が始まった珠洲と亮司に最初こそ素直におめでとうとお祝いをしていたエリカだが、ことあるごとに親友を頼ってくる珠洲の話や目撃した逢瀬を見ていると、エリカには一つのことが頭に浮かんだ。
「ねえ、亮司さんってけっこうスキンシップが激しいわよね?」
「え、そうかな?」
「そうよ! この前見たわよ、グラウンドの木陰に紛れてお弁当を食べているところ! バカップルよろしくあーん♡ だってしてたじゃない」
 まさかそんなところを見られているとは思っていなかった珠洲は、食べ物が喉に詰まって思い切り咳き込む。
「ああ、ごめんなさい! はい、これ飲んで」
 珠洲に水筒を渡しお茶を飲ませると、少し落ち着いたようでふうと息をついた。
「……エリカ、見てたの?」
「見てたも何も、あんなの見せつけ以外にないじゃない。わざとやってるのかと思ったくらいよ」
「ち、違うよ! 亮司さんがあそこで二人きりで食べたいって言うから……」
 段々言葉尻が小さくなる珠洲は照れているのが手に取るように分かる。可愛いくてしょうがない。
「ふうん、やっぱり亮司さんの提案だったのね。珠洲、男はオオカミなのよ、気をつけないとパクー! って食べられちゃうわよ」
「大丈夫だよ、亮司さんはまだそこまでしないって言ってた……って、亮司さん!?」
 珠洲の言葉にエリカは思い切り振り返ると、亮司がニコニコしながら司書室に入ってきた。
「僕のお姫様が親友と話し込んでいるのが可愛くてね、つい」
 盗み聞きをしていたことを認めた亮司は、ここの主として客人をもてなす為にお茶を淹れてくれているようだ。
 珠洲としては恥ずかしい話をしていたので逃げ出したくてたまらないのだが、エリカはしたり顔で「へえ」と腕を掴んで離さない。
「あの、エリカ、離してほしい、です」
「あら、どうして敬語なの?」
 含みを持たせたエリカはにやにやと笑う。そういう顔に弱い珠洲は「うう、いじわる」と項垂れることしかできなかった。
「さて、紅茶が入ったよ。珠洲、高原さん」
 先ほどの女子高生二人の会話を聞いていたくせに、何も聞いてない様な振る舞いをして温かい香りよい紅茶を差し出す亮司のなんて憎たらしいことか。
「いただきます」
「……いただきます」
 エリカは亮司の淹れる紅茶が好きなのでありがたく受け取ってすぐに飲んでいた。珠洲も納得いかないが亮司の紅茶は好きなので、むうとむくれながら茶器を取る。
「うん、相変わらず美味しいわあ! お茶菓子も欲しいところね」
「はいはい、今出すよ」
 エリカのわがままに付き合う亮司をじっと見つめる。珠洲の視線に気づくと彼は優しく微笑んだ。珠洲も応えるように柔らかく微笑むと、亮司はことさら嬉しそうに微笑むものだからこれではキリがない。
「私がいること忘れてない?」
 エリカの問いかけに珠洲ははっとする。亮司は笑顔を崩さなかったが視線で邪魔するなと牽制されたのをエリカは見逃さなかった。
「亮司さんって食えない人ですね」
「なんだい急に」
「いいえ、思ったことをそのまま言っただけです」
「おや、そんな風に思われていたのか。少し悲しいよ」
 ちっとも悲しそうな顔をしないで珠洲とエリカにお茶菓子を差し出す亮司はいつもと変わらず笑みを讃えている。
「……これは保典は一生勝てないわね」
「珠洲の隣は誰にも譲らないよ」
「さらっと言いましたね」
 エリカは苦笑しながらお茶菓子のクッキーに手を伸ばした。珠洲も手を伸ばし口に入れる。
「おいしい! 亮司さん、これすっごくおいしい!」
「珠洲は甘党だからね、君の口に合うものを用意したんだ。そう言ってくれて嬉しいよ」
「やっぱり私がいること忘れてない?」
「もちろん忘れてないよ。僕達の愛の巣に飛び込んできたのが悪いよ。ね、珠洲」
「ちょ、亮司さん!?」
 涼しい顔で司書室を愛の巣と宣う亮司の笑顔はいっそ清々しいものだった。
「大人気ないですね」
 司書室は避難先として使わせてもらっていた珠洲だが、まさか愛の巣になっていると思ってもいなかったので恥ずかしくて俯いてしまう。
「恋が実って年甲斐もなく浮かれているんだ。君も分かってくれるよね、珠洲?」
 急に話を振られて珠洲は顔を上げた。もちろん叶わぬ恋と諦めそうになったこともあるが、真緒との婚約の真実は玉依姫の悲願同盟だったと知った珠洲は失礼ながらも安堵したのだ。浮かれているのは亮司だけではない。
「……亮司さんの気持ち、分かります」
「甘いわねー。でもよかった、珠洲が女子高生らしく青春を謳歌してくれて。私は男なんて要らないけれど、珠洲を見ていると少し羨ましくなるわ」
 エリカは美貌の持ち主だ。本気になればいくらでも相手を望めるだろう。気難しいところのあるエリカと相思相愛になることは難しいのは分かっているが、それでも大切な親友に恋人ができるのは素直に応援できる。
「エリカは素敵な人だから、きっと恋人できるよ。私、応援してるから!」
 珠洲が力説すると、エリカは「ああ、なんて可愛いのかしら。やっぱり当分恋人は要らないわ」なんて言ってのけた。
「高原さん、珠洲とは健全な関係で頼むよ」
「あら、亮司さん、時には禁断の恋なんていうのもありよ?」
 意味ありげにそう言うエリカに抱き寄せられた珠洲は、火花を散らす恋人と親友の間に揺られて戸惑う。
「あの、仲良くしてね?」
 珠洲の仲良くという言葉は大好きな亮司の受け売りだ。それは平和を望む珠洲も同じだった。
「親友に言われたら大人しくするしかないわね。亮司さん、珠洲のことをお願いしますよ」
「僕も多少大人気なかったことは認めようかな。ありがとう、君に任されるなんて光栄だ」
「そうだ、【牽制】するのはいいと思いますよ。可愛いお姫様を狙っているやつはまだいますから。それと、私達はまだ学生なので、手加減してあげてくださいね」
 エリカの言葉に亮司は「信用されてるんだかいないんだか」と嘆息をつくが、それでも珠洲の親友から託されたのは事実なので亮司としても嬉しく思う。
「大丈夫、今は適度な距離を保つから。まあ、早く卒業して欲しいとは常々思っているけれど」
 亮司の言わんとしていることを理解して、珠洲は赤面した。今は可愛らしい恋人の距離感でいるが、卒業したらその先へ進むのだ。まだ学生だから適度な距離でいてくれる亮司の配慮と渇望をその身で感じ、珠洲はこれから訪れる未来に胸が高鳴る。期待しているのは珠洲も同じだった。
「あら、照れているのね。珠洲は本当に可愛いわ」
「だろう? 僕の恋人は素直で可愛いんだ」
 タイミングがいいのか悪いのか、チャイムが鳴りお昼休憩の終わりを知らせる。
「もうこんな時間か。結局話していてお昼は一緒に食べられなかったけれど、放課後は図書委員の仕事があるだろう? 待ってるよ、珠洲」
「はい」
 頬を指の背で撫ぜられて肌が粟立つ。確かにエリカの言う通り亮司はこうしてスキンシップを取ってくることが多いと珠洲は思う。でも、決して嫌ではないので気にならなかったというのもあるが、昔馴染みの延長で元々距離が近かったというのもあるのだろう。
「珠洲」
 名前を呼ばれて珠洲は亮司の方に顔を向けた。
 すると、綺麗な顔がすぐそばにあり触れるだけのキスをされた。しかも、エリカが見ていない隙を狙って。
「亮司さん!」
 親友の目を掻い潜ってこんな風にキスをされると、背徳感でいっぱいになる。それでも悪い気はしないので、亮司の勝ちと言わざるを得ない。
 急に大きな声を出した珠洲にエリカは振り返り「どうしたの?」と声をかけてくるが、とても言えたものではなかった。
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