ドラマのような

  • もうすぐ待ち合わせ場所に着くというところで、男の怒鳴り声と女の子の困ったような声が喧騒に混じって耳に届いた。

  • 可那子は思わず足を止め、声の方を見る。

  • 中年、とまではいかないくらいの男の人がごめんなさい、と謝り続ける女の子を責めている。

  • いつもご飯を食べに行く店の女の子が、何もできずおろおろしているのに気付き、声をかけた。

  • 可那子

    何かあったんですか?

  • 店員①

    あっ可那子ちゃん!

  • 可那子の姿を見て、女性店員は少し落ち着きを取り戻す。

  • 店員①

    お隣のお店でまいてた打ち水、あの人のズボンにかかっちゃったみたいで

  • 可那子

    そうなんですね…

  • さっさとクリーニング代10万、払わんかい!

  • 店員②

    そんな…っ

  • 現実にもこんなことってあるんだな…なんて考えていると、テンプレート通りのセリフが聞こえてくる。

  • あまりにもテンプレート通りすぎて、申し訳ないけど少しばかりの感動を覚えてしまう。

  • しかし次の瞬間、聞き捨てならない言葉が可那子をおそった。

  • ごねてもムダやで、俺は渡瀬組の人間と知り合いなんやからな!

  • 可那子

    渡瀬組…

  • ほとんど無意識に、可那子は動いていた。

  • 可那子

    あの

  • 店員①

    可那子ちゃんダメ、危ないから…っ!

  • なんや姉ちゃんが払てくれんのか

  • 可那子

    渡瀬組の人はそんなことに手を貸しません

  • は?何言うてんねん

  • 可那子

    そんなこと、勝さんが許しませんから

  • まさるさん?誰やねん

  • 可那子の言葉に、男が鼻で笑う。

  • 直後。

  • 渡瀬

    なんや、渡瀬組の親分の名前も知らんのかいな

  • 可那子

    勝さん!

  • 渡瀬

    おう、遅なって悪かったな

  • は?

  • 可那子の顔に笑みが浮かび、男の顔面から色が消える。

  • 渡瀬…、え、勝…?

  • 渡瀬

    おう、顔は知っとんのやな

  • 渡瀬

    そや、誰や知り合いて

  • 渡瀬

    ほんまに10万払わせるか呼んでみたらええ

  • 特に怒るでもなく、世間話でもするように男に話しかける渡瀬。

  • いえ…あの…、いや、

  • ウソですすんませんでしたぁーーー!!

  • 脱兎のごとく逃げ出した男を呆れた顔で見送り、相手するのもアホらしいわ、と可那子に向き直る。

  • 渡瀬

    なんもされとらんか?

  • 可那子

    はい、私はなにも

  • 可那子

    ありがとうございます、…っ

  • 渡瀬

    っと、どないした

  • 笑ってみせると同時にかくんとひざが折れ、渡瀬がそれをとっさに支える。

  • 可那子

    今になって、なんか色々きたみたいです

  • 可那子

    力、抜けちゃいました…

  • 渡瀬

    お前らしいわ

  • 可那子

    ままま、勝さん…っ、

  • ふ、と笑った渡瀬は可那子が抵抗する間もなくその体を抱え上げた。

  • 同時に突然の渡瀬の登場と一連の流れをあっけにとられて見ていた人らがはっと我に返る。

  • 店員②

    あの、ありがとうございました!

  • 渡瀬

    礼なら可那子に言い、今日はもう連れて帰るけどな

  • 渡瀬

    せやけど確かにウチではあないな行為は許しとらん

  • 渡瀬

    渡瀬組の名前使てこないチンケな悪さはできん、覚えとき

  • 店員②

    はい、本当にありがとうございます!

  • 店員②

    可那子ちゃん、今度お礼にごちそうさせてね!

  • 可那子

    気にしないでください…っ、

  • 言い終わらないうちに可那子の体はどんどん運ばれる。

  • 言葉はすぐに、街の喧騒に飲まれて聞こえなくなった。

  • ―――――……

  • 渡瀬

    あんまり無茶するんやないで

  • 可那子

    ごめんなさい…

  • 広々とした後部シートに並んで座ると、渡瀬によって指示された行き先に向かい車は静かに走り出す。

  • 渡瀬

    ウチの組を信用してくれたんはありがたいけどな

  • 可那子

    勝さんを信じてますから

  • 渡瀬

    せやけどみかじめ料やらのシノギなんかは別の話やで?

  • 可那子

    はい、その辺りは私が口出していい場所じゃないですから

  • 迷いのない返答。

  • 渡瀬

    ったくお前は、肝の据わった…

  • 言いながら渡瀬は可那子を抱き寄せ、

  • 可那子

    勝さん…、

  • 渡瀬

    ええ女や

  • 見上げる唇に、自らのそれを重ねた。

  • 数日後
  • 可那子

    すみません、本当にごちそうになってしまって

  • 店員②

    ううん、可那子ちゃんがいなかったら10万、払っちゃってたかもだし

  • 店員②

    本当に助かったの、ありがとうね

  • 可那子

    とんでもないです!

  • 可那子

    この人ヤクザと知り合いじゃん、って引かれる方が多いのでほっとしてるんですよ

  • 店員②

    確かに驚いたけど引きはしないよ、私の彼の職業もまあまあ大きな声では言えないからね

  • 可那子

    そうなんですね!

  • 店員②

    ただね、

  • 可那子

    はい

  • 店員②

    怒らないで聞いてくれる?

  • 可那子

    はい、たぶん

  • 店員②

    渡瀬さんが可那子ちゃん抱えて去って行くあのシーン、まるでドラマみたいな…

  • 可那子

    みたいな…?

  • 店員②

    拉致シーンだった!

  • 可那子

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