もうすぐ待ち合わせ場所に着くというところで、男の怒鳴り声と女の子の困ったような声が喧騒に混じって耳に届いた。

可那子は思わず足を止め、声の方を見る。

中年、とまではいかないくらいの男の人がごめんなさい、と謝り続ける女の子を責めている。

いつもご飯を食べに行く店の女の子が、何もできずおろおろしているのに気付き、声をかけた。

可那子の姿を見て、女性店員は少し落ち着きを取り戻す。

現実にもこんなことってあるんだな…なんて考えていると、テンプレート通りのセリフが聞こえてくる。

あまりにもテンプレート通りすぎて、申し訳ないけど少しばかりの感動を覚えてしまう。

しかし次の瞬間、聞き捨てならない言葉が可那子をおそった。

ほとんど無意識に、可那子は動いていた。

可那子の言葉に、男が鼻で笑う。

直後。

可那子の顔に笑みが浮かび、男の顔面から色が消える。

特に怒るでもなく、世間話でもするように男に話しかける渡瀬。

脱兎のごとく逃げ出した男を呆れた顔で見送り、相手するのもアホらしいわ、と可那子に向き直る。

笑ってみせると同時にかくんとひざが折れ、渡瀬がそれをとっさに支える。

ふ、と笑った渡瀬は可那子が抵抗する間もなくその体を抱え上げた。

同時に突然の渡瀬の登場と一連の流れをあっけにとられて見ていた人らがはっと我に返る。

言い終わらないうちに可那子の体はどんどん運ばれる。

言葉はすぐに、街の喧騒に飲まれて聞こえなくなった。

―――――……

広々とした後部シートに並んで座ると、渡瀬によって指示された行き先に向かい車は静かに走り出す。

迷いのない返答。

言いながら渡瀬は可那子を抱き寄せ、

見上げる唇に、自らのそれを重ねた。