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「土方はん、お客人や」
土佐に向かう前日、自室で豊玉発句集に目を落としていた土方に部屋の外から声がかけられた。
「…通せ」
伊東の出奔により分裂した新選組の屯所、それも夜半過ぎという時刻に客とは…と訝しがりながらも、不審な人物であるならそもそも永倉がここまで連れてくるはずがないと考えた土方は入室を許可した。
しかし開けられた障子戸の外に立っていた人物を見た土方は、手の中の歌集を取り落とす。
「何故…!ここには来てはならないと…」
珍しく動揺を露わにした土方は、慌てて立ち上がった。
永倉は小さく会釈を残して去って行く。
土方の許婚、可那子。
土佐に向かう前日の今日になって土方を訪ねて来たのは、思いも寄らない人物だった。
「歳さまに、どうしても逢いたくなってしまって」
勧められた座布団に座りながら、可那子は穏やかにそう言った。
「だからと言って…!」
「でも、私が来なかったら…黙って行ってしまうおつもりだったのでしょう?」
責めるわけでもなく、あくまでも穏やかに可那子は続ける。
「…!何故、それを…」
言葉に詰まり質問で返してしまう土方に、しかし可那子は静かに答えた。
町で不逞浪士に絡まれていたところを斎藤に助けられたこと、
そこで隊長羽織を羽織った斎藤に土方の様子を尋ねたことから、自分が土方の許婚であることを斎藤に話したこと、
事情を知った斎藤に、土佐行きの件を知らされたこと…。
不逞浪士に絡まれたというくだりで肝を冷やした土方だったが、目の前に可那子がいることに安堵し息を吐いた。
「ごめんなさい、歳さまを困らせるつもりはなかったんです」
そんな土方に向かい申し訳なさそうに言った後、
「ただ、…っ」
何かを続けようとした可那子は、慌てて口もとを押さえ顔を背けた。
「可那子さん…?」
可那子の顔を覗き込んだ土方は、その瞳に涙が溜まっていることに気付く。
しかしそれを見せないように可那子は更に顔を背けるように俯き、搾り出すように言葉を紡いだ。
「泣いてどうこうできると思っているような女だとは思われたくないんです…。でもごめんなさい、止まらない…」
涙を拭いながら、それでもあふれてしまう涙を必死でこらえようとする可那子を見つめていた土方は、優しく笑んでその頬をなでた。
「歳さま…」
しかし土方には、言葉を見つけられなかった。
聡明なはずの土方だったが、しかしこの場において可那子にかけてやる言葉を見つけられずにいた。
それは、すまないと謝って赦されることではなかったから。
土方は土佐へ、死にに行こうとしているのだから。
可那子の涙で濡れた手を、土方は強く握りしめた。
「歳さま、私を…」
そんな土方を見つめていた可那子が、小さくその名を呼んだ。
その後一度きゅっと唇を引き結び、そして意を決したように口を開く。
「私を…、妻にしてください…!」
言って可那子は、ぎゅっと目を閉じて俯いた。
新選組副長として活動する土方を見初めた可那子の父親に、ぜひ婿にと決められた許婚だった。
しかし可那子にとっては、土方はもともと恋心を抱いていた相手だった。
強引に決められた許婚ということで最初は恐縮しきりだった可那子も、時折ある土方とのふれあいで少しずつ笑顔も増えていった。
そして強引に決められた許婚とはいえ、土方も可那子を大切にしたいと思っていたし、いつしか愛するようにもなっていたのだった。
ここまで来ることに、そしてそう言うことにどれだけの勇気がいったことだろう。
土方は、自分の中に今まで以上の愛おしさがこみ上げるのを感じていた。
「歳、さ…」
土方は可那子を上向かせ、震えるその唇に自らのそれを重ねる。
そして可那子の髪を纏めた簪を、ゆっくりと引き抜いた――…。
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