③
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昨夜大吾が可那子に電話をかけて言おうとしていたのは、今日はどうしても外せない会合が入っているから連絡がつかないかもしれない、ということだった。
言い忘れて本当によかったと、そうでなければ今頃まだひとりで震えながら泣いていたかもしれない可那子を想像しぞっとする。
誰が来てもドアを開けないこと、そして絶対にどこにも行かないことを約束させて、大吾は出かけた。
主のいない部屋で可那子はぼんやりと考える。
地獄のようなあの日々を思い出すと体が震えるが、それでもあの日々の中ずっとずっと考えていたのは大吾のこと。
合わせる顔などないと分かっていて当然自分から身を引いたけれど、あれほどまでに身を切られるようなつらい想いは初めてだった。
大吾とはメールだけでも楽しくて、電話で声を聞ければ嬉しくて、それがみんな一緒の飲み会であっても顔を見られれば幸せだった。
そして今あんなことがあった後でもあふれるほどの愛情を無条件に注いでくれる大吾を――…
可那子はあは、と笑った。
涙が頬を滑り落ちる。
「私、大吾さんのことしか考えてないじゃない…」
好き、愛してる、だから一緒にいたい。
ただそれだけのことなんだと、可那子は今さらながらに思い知らされていた。
***
夕飯を作り、大吾の帰りを待つ。
連絡はつかないかもしれないと言っていたので敢えてせず、冷めても大丈夫なもの、温め直せるものを作って幸せな気持ちで大吾を待った。
そしてそれを喜んでくれた大吾と一緒に食事を済ませた後、可那子はそれを切り出した。
大吾さん、と可那子が小さく呼ぶ。
「あの、私…、もう大丈夫です。だから…」
『だから――…だからなんだ!?もう俺は必要ないと…』
可那子の吹っ切れた表情に大吾は心中穏やかではいられない。
しかし続けられた言葉に知らず安堵の息を吐いていた。
「ずっとここに…、大吾さんのそばにいさせてください…」
「、可那子…」
「って、すみません、大事な話をこんな時にしてしまって…」
そこでふと気付いた可那子は手に持ったふきんをくしゃくしゃと握りしめながら申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「そんなことは気にしなくていい。…ありがとうな、可那子」
しかし大吾はそう言ってふ、と笑い、可那子の髪を優しくなでた。
お礼を言わなきゃならないのは私の方です、私の心を救ってくれたのは大吾さんなのだから。
…と、口にしてもきっと大吾は否定するだろうと思った可那子は、あふれそうな涙をこらえ小さく首を振った。
引っ越しは2日後の大吾のオフの日にすることに決めた。
可那子の部屋をのぞいていた人物の正体は分かっておらず、そのため可那子は引っ越しの日までは仕事を休み、勝手にアパートには帰らないことを約束させられた。
深夜近くなってシャワーを浴びた可那子がリビングに行くと、大吾がソファでグラスを傾けていた。
「まだ寝ないのですか?」
「ああ、もう少ししたら寝るから、お前は…」
「じゃあ私もお付き合いします」
質問の答えを最後まで聞く前に、可那子は大吾の横に腰掛けた。
「湯冷めするからお前は早く寝ろ」
「いやです」
「…っ、しかし」
「だって大吾さんのベッドでひとりで寝るのはもういやですもん」
心配する大吾の言うこともきかない可那子にどこか拗ねたような口調で返され、大吾は目を見開いた。
直後可那子は優しい、けれど今にも泣き出してしまいそうな笑みを浮かべ大吾を真っ直ぐに見る。
「ねえ大吾さん、私言いましたよね?もう大丈夫です、って…」
大吾はその表情に息を呑み、そっとその頬に手を伸ばした。
暖かくて大きな手のひらに口づけてから、可那子はもう一度大吾を見る。
「抱きしめても、いいか…?」
「、はい…」
あふれた涙ごと大吾は可那子を強く抱きしめ、それに応えるように回された腕が大吾を優しく抱きしめた。
そしてふたつの鼓動がひとつになる頃、ふたりはどちらからともなく唇を重ねた。
一度目も二度目も可那子の心が完全には届いていなかった。
けれど今は違う。
痛いほどに伝わってくる可那子の想いに、大吾はこの上ない幸せを感じていた。
性急にならないようにゆっくり優しく、少しずつ深く口づけていく。
熱い吐息がこぼれもっととせがむように可那子の細い腕が大吾の首に回された時、大吾はその体を抱き上げた。
寝室のベッドで抱き合うふたりに言葉は必要なかった。
そこにはお互いを求め合う心しかなかったから。
触れる全てが愛しくて、触れられる全てが愛おしい。
「――…っ!!」
そして大吾の全てを受け入れた時、可那子の瞳には満たされる喜びの涙があふれた。
しかし直後、降り落ちる雫に可那子はその濡れた瞳を見開く。
「どう、して…」
手を伸ばした先には、大吾の涙があった。
愛しているというそれ以上の言葉を、誰か知っているなら教えてくれ…!
そう強く願いながら、大吾は目の前の存在を強く抱きしめた。
口に出す言葉など必要なかった。
ただこの瞬間に名前をつけるなら。
そうすることに意味があるのなら。
この涙こそが、最上級の『愛してる』――…
(20,6,29)
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