③
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久しぶりのデートを終え、アパートまでの道を可那子は歩いていた。
薄暗い街灯に照らされた掲示板を何の気なしに眺めつつアパートへの角を曲がったところで、そのからだが硬直した。
誰かが自分の部屋の前にいて、中を覗いているように見える。
大吾さん…?とも一瞬考えるが、さっき大通りで車を見送ったのだからそんなはずはないし、そもそもあんなことをするはずもない。
全身の血が一気に引いていく。
可那子を拉致した犯人はやはり可那子が以前に付き合っていた男だった。
その時に住んでいたアパートは外から部屋の入り口が見えなかったため、いつも通りに部屋へと帰った可那子は待ち伏せていた男にさらわれてしまった。
あの時の光景、感じた恐怖が一気にフラッシュバックし可那子に襲いかかったのだった。
かじかんだように震える足を必死に動かし、可那子はその場から逃げ出した。
しかし逃げ出したからといってどこに行ったらいいかなど分からず、大きな繁みの影にうずくまる。
震える体を抱きしめても涙が止まらない。
助けて大吾さん、と知らず呟いたその時、抱き込んでいたバッグの中の携帯が震えた。
小さく悲鳴を上げた後慌てて取り出したそれに表示されていたのは、大吾さんという文字。
通話ボタンを押し耳に当てる。
『もしもし可那子か?伝え忘れたことが――…』
左の鼓膜を大吾の声が震わせるが、返事がないことを訝しんだそのトーンはすぐに低くなる。
『…おい、可那子?』
「…、だいご、さ…、」
可那子は震える唇でその名を呼んだ。
『可那子!?おい、何かあったのか!?』
「アパートに誰か…、あの、怖くて私…っ」
動揺し支離滅裂な返事しかできない可那子の怯えきった声を聞いた大吾は、直後痛烈に後悔していた。
車が入れないなら、1分だから大丈夫と言われても歩いて送れば良かったと。
『落ち着け可那子、すぐに行くから!電話も切るな、けがはしてないか?』
「はい、あの…ごめんなさい…」
『大丈夫だから謝らなくていい、だが動けそうならなるべく明るい方…大通りの方へ出られるか?』
少しでも可那子を落ち着かせるためにゆっくり柔らかく大吾は話す。
「はい…今、大通りの入り口に…」
『そうか、もうすぐだからそこから動くな』
「はい…」
大吾に返事をしながら可那子はその場にへたりこんだ。
携帯を耳に当てたまま握りしめる。
告げられる交差点名で、大吾がもうすぐ来てくれると考えたら、先ほどまでとは違う、安堵の涙があふれた。
「『可那子!!』」
その時、右の耳と左耳の携帯から同時に声が届いた。
顔を上げると、こちらに向かって走って来る大吾とその少し先の交差点に赤信号で止まっている大吾の車が見えた。
「大吾さん…っ!!」
うまく立ち上がれない可那子が必死に手を伸ばすと、
「無事でよかった、可那子…!」
大吾は跪いてその体を抱きしめた。
「大吾さん、大吾さん…っ、」
がたがた震えながら泣きじゃくる可那子を、大吾はすっと横付けにされた車に乗せ自分の部屋へ連れて帰った。
***
「仕事、休めるか?」
「、はい…」
唯一事情を知る上司が、今回のようないつ起こるか分からないフラッシュバックにも気を配り融通をきかせてくれていると可那子は言った。
それを聞き安堵すると同時に大吾は、ようやく落ち着き始めていたのに――…と憤り、歯がみした。
その後可那子を風呂に入らせブランデーを強めに効かせたホットミルクを飲ませたが、少し席を外し戻った大吾の目に映ったのは、空のカップを握りしめたままぼんやりと
「可那子…」
その手からカップを取り可那子の隣に腰掛けた大吾は、そっと肩を抱き寄せて口を開いた。
「一緒に…暮らさないか」
可那子の方がぴくりと震える。
「こんな時に言うのは卑怯だと分かっているが…、」
弱みにつけ込むような真似はしたくない。
しかしこれ以上可那子をひとりにしておけない、おきたくない。
大吾にとっても苦渋の決断だった。
「だが俺はお前を守りたいし、何よりお前と一緒にいたい」
「大吾さん…」
見上げる可那子に大吾は触れるだけのキスをし、その体を抱きしめる。
「もちろん無理強いはしない。…考えてみてくれ」
大吾の言葉に可那子は、こくりと小さく頷いた。
「さすがに今日は帰すわけにいかないから、悪いがここで寝てくれ」
大吾はそう言って自分の寝室に可那子を連れて行った。
そこには当然大吾が使っているベッドがある。
「え、あの大吾さん…っ」
寝室のドアを閉めようとする大吾を可那子が戸惑いがちに呼び止めるが、
「さっきの考えてみてくれってのも今じゃなくていいから、とにかく今夜は何も考えるな。顔色もよくないし、眠れなくても目は閉じていた方がいい。…おやすみ」
そう言って可那子の髪をくしゃりとなで、そのままドアを閉めた。
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