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「帰ってください…、堂島さんとはお付き合いできませんと…」
最後の検診が終わり病院を出た可那子は、信じられない気持ちで目の前の男にそう告げた。
これで最後だと柏木にほぼ無理やり頼み込み、大吾は大阪に来ていた。
部下を使えば早かったのかもしれないがどうしても自分で捜したいと強く思った大吾はひとり、桐生にもらった情報だけを頼りに病院で可那子を捜した。
ストーカーまがいのことをしているということは百も承知だったが、案外早く可那子の検診の日があったのは幸いだったとも思う。
しかし祈るような想いで呼び止めた可那子は、大吾の目を見ようとしない。
「俺は聞いていない」
「…、今言いました」
「…理由は?」
「訊くんですか?」
ここで可那子は大吾を見た。
「堂島さんと付き合うことになってから、他の男と寝ていたんですよ?」
「そんな言い方をするな…!」
「事実、ですから」
自らを卑下するように笑う可那子。
「事故だろう!気を付けていて遭ってしまった事故を責める奴なんていない!それにお前がなんと言おうと俺は…、」
大吾は強すぎた口調にはっとし、一旦言葉を切って深呼吸する。
そしてゆっくりとした口調で紡がれた言葉に、可那子は目を見開いた。
「俺は、お前と一緒にいられるなら一生お前を抱けなくてもいいと思ってる」
「――…!」
「前にも言っただろう?嫌なら何もしない。でもどうしてもお前がいい、お前だけしか欲しくない。…頼む可那子、もう一度…、」
しかし可那子はそこで、大吾の言葉を遮るように強く首を振った。
「…っ、そうか…分かった。突然すまなかった…」
大吾はそれ以上何も言えなかった。
可那子に背を向け、数秒ためらった後そのまま歩き出す。
直後、必死にこらえていた涙が堰を切ったように可那子の瞳から溢れ出し、遠くなる背中が滲んだ。
追い打ちをかけるように嗚咽がこみ上げ、無理やりにでも口をふさいでいないと泣き叫んでしまいそうになる。
帰らなくては、と思うのに足の裏が地面に貼り付いたようにそこから動けない。
しかし――…
やっとの思いで半歩後ろにずらした直後、可那子の足はアスファルトを蹴ってまっすぐ前に走り出していた。
遠かった背中が少しずつ近くなる。
背後から近付く足音に気付いて振り返りその正体を知って驚く大吾の胸に、可那子は飛び込んだ。
「ごめんなさい、どうしても…、どうしても堂島さんが好きです――…!」
告げられた可那子の気持ちに大吾は目を見開いた。
しかしすぐにそれを細め、自分のもとに戻って来てくれた愛しい存在をゆっくりと抱きしめる。
強くやわらかく包み込まれたまま可那子は、子供のように声を上げて泣いた。
そしてそんな可那子が落ち着きを取り戻すまで、大吾はその体をただ抱きしめ髪をなで続けたのだった。
***
「頼むから、本当に無理しないでくれ」
「無理なんてしてないです…」
可那子は心配そうな大吾に笑って見せ、きゅっとその首に抱きついた。
「愛してます。…、大吾さん…」
大吾が泊まっている大阪のホテル、そのベッドルームにふたりはいた。
ゆっくり休んでほしくて連れて行ったそこから大吾が出て行こうとするのを、可那子が引き止めた。
大吾は可那子をふわりと押し倒し、見上げてくる可那子の唇に触れるだけの口づけを落とす。
これがふたりの初めてのキスだった。
その後可那子の肩口に顔を埋めその体を強く抱きしめたまま大吾は、ごろりと横に転がった。
「大吾さん…?」
可那子が緩められた腕から見上げると、大吾は自分の胸もとにある可那子の手を握った。
「気付いてないのか?――…震えてる」
「あ…、ごめ、」
「謝るな」
可那子の言葉を遮り、大吾はその指先に口付けた。
「今は本当にこれで十分過ぎるくらいなんだ。だから今は、このままここで眠ってくれ」
大吾の言葉にこくりと頷いた可那子は、みずから額を大吾の胸にすり寄せる。
優しい心臓の音と包み込んでくれるぬくもりに安心し、ゆっくりと眠りに落ちていった。
***
びくっと体を震わせ、可那子が目を覚ました。
自分以外の人間の存在に一瞬体をこわばらせるが、それが大吾だとすぐに思い出し深い安堵のため息を吐く。
そうしてから可那子はもう一度大吾の胸に顔を埋め、瞳を閉じた。
大吾はそんな可那子の様子に気付いていた。
大丈夫かと声をかけようかとも思ったが、それはしなかった。
可那子が自分で気付いてくれたから。
ここは安心できる場所なのだということを。
再び寝息を立て始めた可那子の鼓動を感じながら大吾は、抱きしめる腕に少しだけ力を込めた。
***
「よく眠れたか?」
「は、はいっ、おはようございます大吾さん!」
日が高くなる頃にようやく目覚めベッドの上でぼんやりしていた可那子は、突然かけられた声に慌てて髪をなでつけ着崩れた部屋着の胸もとを合わせた。
ああ、と返しつつやわらかく笑った大吾はコーヒーを差し出し、ありがとうございますと受け取った可那子に訊いた。
「今日は、何か予定はあるのか?」
「大吾さん、お仕事は大丈夫なんですか?」
「ああ、もう少し大丈夫だ。心配しなくていい」
答えの代わりに返された質問に答えながら、『欲しい女取っ捕まえたんならさっさと帰ってこい!!』という柏木の怒鳴り声は聞こえなかったことにする。
大吾の言葉にしかし可那子は申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「でも大吾さんは会長さんだからきっと困る人もたくさんいるでしょうし、もちろん大丈夫なら一緒にいたいなって思いますけど…」
「けど?」
訊き返した時、可那子の携帯が震えた。
届いたのはメールで、
「花ちゃん、遥ちゃん…」
可那子の検診日を知っていたふたりから、気付けば昨日から何度かメールが入っていた。
「東京に帰ろう、可那子」
携帯を握りしめる可那子の手を大きな手で包み込んで、大吾が言う。
まさにそれが可那子の言いたかったことだった。
花と遥のふたりだけじゃなく、心配と迷惑をかけてしまった皆に会って謝りたかった。
可那子は小さく笑い、はい、と頷いた。
再びなのかようやくなのか、始まったふたりの関係は花たち外野に言わせれば相変わらず、だった。
しかし可那子は休職していた職場にも通えるようになったし、大吾とふたりきりで逢う回数も少しずつ増えていた。
そんななんの変哲もない日常を取り戻し穏やかな日々を過ごし始めた矢先に、それは起こってしまう。
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