それすらも愛しくて
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「失礼します、会長」
「なんだ」
「可那子様がいらっしゃいました」
ノックの後入室を許された側近の後ろに立っていたのは、最愛の恋人である可那子だった。
「どうした可那子、何かあったのか?」
突然の訪問に驚きつつも、大吾は立ち上がり可那子の方へ向かう。
「いえ、特に用事はなくて…ただ近くに来たものですから」
「そうか」
可那子の答えに大吾はそれ以上は何も訊かなかった。
否、訊くことができなかった。
この数ヶ月の間に立て続けに起こった組同士の抗争の対応に追われ、大吾は体力的にも精神的にも疲れ切っていた。
だから気付けなかったのだ。
普段決して訪れることのない東城会本部に、可那子が来たことの意味に。
可那子を部屋に迎え入れた大吾は人払いをし、そのままソファで可那子を抱いた。
ただ自分が癒やされたいが為に。
そして崩れた衣服を直し可那子を抱き寄せると、可那子はそっと大吾の胸を押した。
「可那子?…何故、泣いて…」
俯いた可那子からぽつりと雫が落ち、しかし可那子は顔を背け伸ばされた手から逃げるように立ち上がった。
その腕を大吾が掴むも、
「…ごめんなさい、帰ります」
静かに、しかし流されない意志を持って振り払われてしまう。
そのまま部屋を出て行く可那子を大吾は当然追おうとするが、電話が鳴りそれもままならない。
大吾は舌打ちしながら廊下に控えていた側近に指示を出した。
部屋まで送るように、断られても部屋に戻ったことだけは確かめて戻れと。
その報告を受けてしばらく後、ようやく大吾は本部を出た。
***
急いで部屋に戻ると、電気も点けず真っ暗な中うずくまる可那子の姿があった。
うまく声をかけられない大吾は、可那子のそばに跪きその髪をなでてやることしかできない。
すると、可那子がぽつりと呟く。
「大吾さんのお仕事は理解しているつもりです。…でも、もう限界で」
限界、という言葉に最悪の事態が頭をよぎり、可那子、とただ小さく名前を呼ぶ大吾。
しかし続けられた可那子の言葉に、心臓を鷲掴みにされたような衝撃を受けた。
「ここのところずっと…私を抱く大吾さんは、私を抱いてくれていない…」
――いつから?
いつからそんな風に感じさせてしまっていた?
大吾はひどく動揺した。
しかし確かにそうだった。
自分が癒されたいがためだけに抱いていた。
その時可那子が何を思って自分に抱かれていたのか、考える余裕すらなかった。
「分かっているんです、わがままを言ってるってことは、でも、でも…っ」
可那子が苦しげにそう訴えた時、すまない、と呟いて大吾はその体を抱きしめた。
「すまない気付いてやれなくて…、全部吐き出して…俺に、全部聞かせてくれ…」
「私を見て…!心まで、私の全部を抱いてください…!」
自分勝手な言い分なのも、こんなことを言ったら大吾を困らせることも、痛いほど分かっていた。
でも寂しくて、大吾に抱かれてもなお寂しくて、ぽっかりと空いた穴を埋めたくて可那子は泣いた。
そして大吾は何も言わず、ただ可那子を抱きしめ、髪をなで続けるのだった。
***
「ごめんなさい、スーツ…」
少し落ち着きを取り戻した様子の可那子に、しかし大丈夫かとは訊けず、大吾はただ優しく笑い涙で濡れた頬をなでる。
「本当に…ごめんな、可那子…」
俯く可那子をもう一度抱きしめて大吾は言い、
「重い、ですよね…」
首を横に振った可那子の申し訳なさそうな言葉にも、やわらかく笑って答える。
「ちっとも。むしろもっと重くてもいい。お前の重みは心地いい」
その言葉にようやく小さな笑みをこぼした可那子は、
「顔、洗ってきますね」
そう言って泣きはらした顔を隠すように逸らし、立ち上がった。
すると、その腕を大吾が掴む。
「せっかくだから、のんびり風呂にでも入らないか」
思ってもいなかった提案に多少ためらう可那子だったが、しかしすぐに小さく頷いた。
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