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ほどなくして可那子は、大吾の母親である堂島弥生に会うため東城会本部を訪れていた。
「ああああの大吾さ、これ…っ」
東城会の正門に滑り込んだ車の中で可那子は、隣に座る大吾のスーツの袖を握りしめる。
ふたりを待っていたのは、門から建物の入口までの通路に幾重にも並んだ東城会の構成員たちだった。
東城会会長である大吾。
その大吾が連れて来た客人を出迎えるには当然の光景で、大吾が出迎えは不要だと言ってもそこはきく者はいない。
「気にするな、と言っても無理だろうが…」
大吾はやわらかく笑むと怯える可那子の手をそっと握る。
「そばにいるから、大丈夫だ」
その言葉に多少なりとも安心した様子で可那子がこくりと頷くと、車が停まり大吾側のドアが開けられる。
大吾は可那子を残し車から降りると、反対側へ回り自ら可那子の側のドアを開けた。
上布の瀟洒な着物に身を包んだ可那子が姿を現すと、その姿を目にした古参の構成員たちが、はっと息を呑むのが分かった。
余裕のない状態の中でもそれを少し不思議に思う可那子だったが、その理由はすぐに明らかになった。
***
「可那子、俺の母親…堂島弥生だ」
大吾は可那子にそう言ってから、弥生に向き直る。
妹を連れて帰るから会ってほしい、これからは兄妹として一緒に暮らすと言われた時は本当に驚いた。
しかし堂島が遺した娘に会ってみたいという気持ちに後押しされる形で、弥生は今回の件を承諾したのだった。
「電話で話した通りだ。――蔵本可那子。説明はいらないよな」
「お前が、可那子…」
「申し訳ありません…!」
弥生が可那子に向き直るのと同時に、可那子は深く頭を下げた。
一瞬目を見開いた弥生は、しかしすぐにそれを細め可那子に歩み寄った。
「謝る必要はないんだよ。顔を上げて、まっすぐ立ってごらん」
おそるおそる顔を上げた可那子の全身を見た弥生は、
「ああ、やはりよく似合っているじゃないか」
そう言って笑みを浮かべる。
「ああ、実はその着物、おふくろが若い頃着てたものなんだ。親父と結婚した頃のものなんだろ?」
「そんな大切な着物を…!」
弥生の言葉の意味を確かめるように大吾を見た可那子に返された答えに、可那子は驚きを通り越して狼狽えた。
「もらっとけよ、どう見ても若いうちにしか着れない柄だろ」
「おだまり、大吾」
それを聞いた弥生が、大吾を睨みつけた。
そして再び可那子に向き直る。
「それがあたしの気持ちさね」
そう言って、大吾と同じようにやわらかく笑う弥生。
溢れそうになる涙を可那子は必死にこらえた。
しかし、
「結局恋愛なんてのは、惚れたもんが負けなんだ。抱くのも抱かれるのも、…それを赦すのもね。だから、お前が謝る必要はないんだよ」
その言葉に赦された気がして、結局可那子の瞳からは大粒の涙がこぼれ落ちた。
「まったく、泣くこたないだろう?しゃんとしないと着物の方が泣くよ」
言いながら弥生がハンカチで可那子の涙を拭う。
「すみませ、ありがとう、ございます…」
しかし、呆れたように言う弥生の、それとは裏腹な優しい手に可那子は更に涙を溢れさせるのだった。
***
弥生との顔合わせの後、これから大吾と共に可那子のことも守ることになる構成員たちとの顔合わせも兼ねて、食事会が用意されていた。
それまで少し時間があるからと、大吾は可那子に東城会本部の中を案内して回った。
「ここは…」
「幹部会などの時に使う部屋だ」
「じゃあこの真ん中に大吾さんが座るんですね」
「ああ、座っていいぞ」
向かい合って並ぶソファの列の一番奥、上座の真ん中にあるソファに歩み寄った可那子が言うと、大吾はこともなげにそう答える。
「そんな滅相もないですよ…って、あの、大吾さん…っ」
すると大吾は、当然のように遠慮する可那子を抱き上げて自分の椅子に腰掛け、膝の上で可那子を横向きに抱えた。
「着物、崩れちゃいます…」
「大丈夫だ、無茶はしない」
少し困ったように言う可那子にさらりと答えた大吾は、その可那子の頭をそっと抱き寄せ唇を重ねた。
しかし差し込もうとした舌で可那子の唇をぺろりと舐め、すぐにそれを解放する。
「大吾さん…?」
「これ以上は、抱きたくなるからやめておく」
「っ、すみませんこんな場所で…」
膝の上から可那子を下ろしながら言う大吾に、途端に可那子は申し訳なさそうに俯く。
「いや、ああ確かにそれもあるが…手を出したのは俺なんだからお前は謝らなくていい」
一瞬驚いたように可那子を見た大吾は、すぐに優しく笑いそう答えた後、それよりも、と真剣な表情で続けた。
「お前の体が…本調子に戻るまでは、な」
「、大吾さん…」
可那子は大吾のこの言葉の意味をすぐに理解した。
流産したばかりの可那子の体。
セックス自体は大丈夫だとしても、きちんと次の生理が来てリズムが戻るまでは抱かないと大吾は決めていたのだった。
可那子にとって、忘れたくても忘れられない事実。
しかしそれを補って余りある大吾の優しさに、救われる思いだった。
「ありがとう、ございます…」
可那子の言葉に大吾は何も言わず、ただ優しくその体を抱きしめた。
***
「会長と可那子様、最初見た時自分には普通の恋人同士に見えました」
東城会本部中庭の喫煙スペースで構成員のひとりがぽつりと呟くと、もうひとりの構成員がそれに答える。
「滅多なこと言うな。まあでも、あんな妹がいたら全力で守りたくなる気持ちは分かるけどな。今まで離れてた分余計にってのもあるだろうし」
「…ですね。それにどっちにしても、俺たちの仕事は変わらないですからね」
「そういうことだ」
顔合わせが終わり、メインで可那子の護衛を任されたふたりが率直な感想を述べ合う。
真っ青な空に、紫煙が溶けていった。