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事件後の賠償についてなどの話が警察の方からあったが、可那子は警察との面会自体を拒絶した。
謝罪も賠償金も一切要らないので、もう自分のことは放っておいてほしい――。
その旨を代わりに伝えてほしいと頼まれた大吾は、本当にいいのかと可那子に訊いた。
「考えてみれば、流れてよかったんですよ」
可那子の母親の遺影に手を合わせていた大吾は、自分の耳を疑った。
顔を上げた大吾の目には、小さなキッチンに立ちコーヒーを入れる可那子の背中。
「可那子…?」
その表情は窺えない。
「だって血の繋がった兄妹の間に生まれた子なんて、…不幸になるに決まってます、から…」
「…っ!!」
その時、可那子の声がかすかに震えるのを大吾は聞き逃さなかった。
やはり平静を装っていただけの可那子に駆け寄った大吾は、その体を強く抱きしめる。
「いいから、可那子…!思ってもいないことは言わなくていい…!」
「大吾さ…」
大吾の腕の中で振り返った可那子の頬を、こらえきれなかった涙が伝う。
抱き寄せられるままにその胸にすがりついた可那子は、声を上げて、泣いた。
ふたりは可那子のアパートへと戻って来ていた。
贅沢な要素などひとつもない、しかし素直に可那子らしいと思えるこざっぱりとした部屋だった。
「犯人は憎いけれど、でも誰かを恨んだまま生きていきたくないんです。…もちろん、流れてしまった子のことは決して忘れたりしません」
大吾の腕の中で可那子はぽつりぽつりと呟き、本当はとても望んでいたんだと…私だけが知っていればそれでいいんですと、静かに笑った。
そして、
「俺も仲間に入れてくれな」
そう言って優しく笑う大吾の胸で、また涙をこぼすのだった。
***
「本当にごめんなさい…」
そばにいると言ったのに勝手に姿を消したことに対し、幾度となく繰り返された言葉。
大吾は可那子の髪をなでながら答える。
「お前が俺の腕の中にいる、今はそれだけで十分だ。だからもう、謝るな」
「大吾さん…」
その言葉に可那子は、少しだけ安心したように息を吐いた。
その時ふと大吾はあることを思い出し、そういえば、と口を開く。
「やはりあれはお前が持っていたんだな」
「はい、どうしても大吾さんと繋がるものがほしくて…でも、持ってきてしまって大丈夫でしたか?」
すぐに何の話か気付いた可那子が心配そうに尋ねるが、
「ああ、さすがに無くしたというなら問題だが、お前が持っていると思っていたから大丈夫だ。それに、この代紋が俺たちを繋いでくれた。感謝しないとな」
そう答えた大吾の言葉にこくりと頷き、またその胸に顔を埋めた。
「ところで、もしかしてふたつめの…」
そんな可那子を愛おしそうに抱きしめながら大吾は、意を決してそれを口にした。
しかし同時に可那子の体がびくりと震えるのを感じた大吾はそれが答えだと確信し、
「いや、すまない」
小さく謝って、もう一度可那子を強く抱きしめた。
***
「少し…話をしていいか?」
その場を支配する沈黙を破るように、大吾がゆっくりと口を開いた。
「母に会ってほしい」
唐突すぎる大吾の言葉。
しかし可那子は何も言わず、まずは大吾の話をすべて聞くという意志を込めて大吾の服をきゅっと握った。
大吾は続ける。
「そうしたら兄妹として一緒に暮らそう。もちろん家の中では恋人でありたいと思っているが…それは結局、世間の目を――欺くことになる」
言葉の最後に、苦しさが滲んだ。
それは大吾の未来を守りたいと言ってくれた可那子の気持ちを無下にしてしまう心苦しさからくるものだと、可那子にも理解できた。
「しかし俺は…!」
その時、それ以上言わなくても大丈夫ですと可那子は大吾の首にふわりと抱きついた。
感情的になりかけた大吾の心が落ち着きを取り戻すのを確かめてから、可那子はゆっくりとその腕をほどく。
「大吾さんと離れてから、心が壊れそうなほどのさみしさというものを知りました。その後妊娠がわかって…ふたりでなら生きていけると思いました」
自分のお腹をそっとなでて哀しげに笑う可那子。
大吾もまた可那子の邪魔をしないように、しかし儚く消えてしまいそうな存在を確かめるようにその頬にそっと触れた。
「けれど、ひとりの時にはもう戻れません。誰を騙してもどんな嘘をついても――自分の気持ちは、もうごまかせません」
大吾の手を、こぼれ落ちた雫が濡らす。
「大吾さんと一緒にいたい、離れたくない…私は、大吾さんを愛しているんです…!」
とっくに抑えきれなくなった想いを、可那子は吐き出した。
「ああ、愛している、可那子…!」
同じ想いを口にした大吾はその体を抱き寄せ――…ふたりはそのまま長い時間、お互いを強く、抱きしめ合った。