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バンタムで働いている間、可那子は地元がどこかということだけは決して言わなかった。
そのため、何をおいても可那子を捜したかった大吾だったが、それもままならずもどかしい思いを燻らせていた。
そんな中で可那子を見つけられたのは、本当に偶然だった。
ただそれは、手放しで喜べない類の偶然だった。
小さな町で起こった連続通り魔事件のニュース。
東城会本部会長室で書類を片付けていた大吾が、ひと息いれようとテレビをつけた時に流れたニュースだった。
大吾は耳を疑った。
それは、数人の被害者のうちのひとりとして読み上げられた名前だった。
――蔵本可那子。
顔写真が出たわけではないため同姓同名の別人ということも当然考えられるが、しかしそれとて確かめなくては分からない。
いても立ってもいられなくなってしまった大吾は、気が付いた時にはそこを飛び出していた。
***
命に別状はないとニュースでは言っていた。
テレビでのわずかな情報を頼りに大吾は、蔵本可那子という人物が入院している病院に駆け付けた。
「蔵本可那子の病室は」
受付で大吾が尋ねるも、事件の被害者ということもあってか答えの代わりに医師が逆に問う。
「失礼ですが、蔵本さんとのご関係は」
明らかに堅気ではない風貌の男に対し当然の対応だと納得しながら大吾は、
「ああ、これは失礼。私は可那子の兄です、母親は違いますが」
迷うことなくそう答え、その後言いにくそうに続ける。
「ただずっと離れて暮らしていたものですから、もしかしたら同姓同名の人違いではないかと思いたい部分もあるのですが…」
可那子であってほしいという思いと可那子であってほしくないという思いが、大吾の中で交錯していた。
すると医師は、本当は駄目なんですがと可那子の免許証を見せてくれた。
「…!」
「妹さんで間違いないですか?」
「、はい…」
事件に巻き込まれたのが自分が捜したくて捜せなかった可那子であると確定してしまったことで、大吾は激しく動揺した。
その大吾の様子をじっと見ていた医師は、もうそれ以上何かを訊ねたりすることもなく、可那子の容態を話してくれた。
可那子は犯人に階段から突き落とされ、骨折などはしていないものの、全身に打撲とすり傷などの怪我を負った。
そこまでならば思ったより大したことはなくて良かったと思えたのだが、続いた医師の言葉に吐きかけた安堵の息を呑み込んだ。
「蔵本さんは、まだ目を覚ましていません」
「どういう、ことですか…?」
「命に別状がないことは確かです。そして正確には、一度倒れてからまだ目を覚ましていないんです」
そこで医師から聞かされた事実に、大吾は言葉を失った。
可那子は、妊娠していたというのだ。
搬送されて来た時可那子は、赤ちゃんを助けてとうわ言のように繰り返していた。
しかし残念ながら子供は助からず、それを知った可那子は言葉もなく泣き続け…そのまま気を失った。
それから二日、目を覚ましていないのだと医師は言う。
父親は自分だとどこか体の深いところで確信した大吾は、ためらいなく自らの素性を明かし、事情を話した。
赦されることではありませんと苦しげに言う大吾の様子に、しかし医師はその誠意を汲み取り秘密は守りますと誓ってくれた。
***
「焦らずにゆっくり、声をかけてあげてください」
医師に言われ、大吾は病室のベッドで眠る可那子の手を握り髪を頬をなでながら時々小さく呼びかけた。
まだ日が高いうちに病院へとやって来た大吾だったが、気が付けば面会時間終了の時刻が迫っていた。
「ん…」
その時、小さく声を漏らした可那子の手が、大吾の手を握り返した。
「可那子…?」
わずかに緊張を含んだ大吾の声に応えるように、可那子が目を開ける。
ほっと息を漏らす大吾だったが――…
「誰…?」
直後可那子の口から発せられた言葉に、愕然とした。
かけるべき言葉を失った大吾は震える手でナースコールを押し、
「今…先生が来るから」
それだけ言うと、逃げるように病室を出た。
しかしその後大吾は、体の傷の方はもう大丈夫でしょうと言った医師に可那子とふたりにさせてくれるように頼んだ。
無理はさせないことと釘を刺された上で、短時間ならと許可をもらうことができたまでは良かったのだが、ふたりきりの病室の中でお互いかける言葉が見つけられないのが現状だった。
可那子にとっては見知らぬ人とふたりなわけで、あなたは誰でどうしてここにいるのかと訊きたくもあったが、目覚めた時の相手の表情を思い出すとなんとなくそれを訊くことは憚られ、戸惑っていた。
大吾としてはもちろん全てを思い出してほしかったが、医師の話では忘れているのは倒れる直前のこととそれらに関することについてのみらしく、それはつまり可那子にとって一番つらい部分の記憶ということになる。
そのため大吾もまた、声をかけることをためらっていたのだった。
可那子は天井を見つめ、大吾はすっかり陽の落ちた窓の外に目をやる。
しばらくそんな時間が過ぎた頃、何か呟いた可那子が体を起こした。
可那子は、慌ててその体を支えてくれる大吾の襟もとを見ていた。
そしてもう一度呟く。
「東城…、会…?」
それを聞いた瞬間、大吾は思い出した。
あの時残された手紙、その裏にひっそりと書かれていたメッセージを。
『追伸:思い出の品ひとつ(もしかしたら、ふたつ?)いただいて、いきますね…』
そのメッセージに気付いたのは、大吾の元からこの代紋のバッジがなくなっているのに気が付いた時だった。
もう少しそれをよく見ようと胸もとに伸ばされた可那子の手を握り、大吾は言う。
「そうだ。東城会の、堂島大吾。子供の…父親だ」
その言葉にびくりと顔を上げた可那子の瞳は大きく見開かれ、大吾の顔を凝視した。
「あ…、…だい、ご…、さ…?」
名を呼ばれやはり少なからず安堵した大吾は、しかしすぐにそれを後悔することになる。
「ごめ、なさい…」
呟いた可那子の瞳には見る間に涙がたまり、大粒の雫となって次々とこぼれ落ちた。
「ごめ、なさ…、ごめん、なさい…」
「落ち着け可那子、大丈夫だから…」
大吾は何度も同じ言葉を繰り返す可那子の震える肩を抱き宥めるように言うが、その耳には届いていないようだった。
「――ごめんね…」
そのうち可那子は自分の体を、お腹を強く抱きしめ…
「ごめんね、私の…赤ちゃん――…」
小さく小さく呟き、そのまま気を失ってしまった。
案の定大吾は医師に叱られたが、安定剤を投与された可那子は静かに寝息を立てていた。
精密検査の結果は問題なかったため、目が覚めた時可那子の心が大丈夫ならという条件付きで退院を許可してもらい、大吾はその日は病院を後にした。
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