③
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目の前に並べられた十数枚の写真。
弥生はそれを見つめ、なんてこと、と呟いたきり言葉を失った。
そこにはどこかの縁日のような人混みを楽しそうに歩く男女が写っていた。
男の手が女の肩を抱いていたり、手を繋いでいたり。
中には、ひと気のない場所で抱き合うふたりが写っているものもあった。
『六代目とその妹さんのことで相談したいことがある』
そう言われ、普段なら決して応じたりしない東城会三次団体の男の呼び出しに応えた弥生。
もう少し写りが悪ければ人違いだと言えなくもなかった。
しかし最近のカメラは本当に高性能で、ごまかしは通用しないほどにはっきりと全てを写し出している。
そこに写っていたのは紛れもなく――…大吾と可那子、だった。
「兄妹でこれはおかしくないですか?」
「それにしても…わざわざ地方を選んだんでしょうが、会長も迂闊でしたよね」
「こんなこと他の組員たちに知られたらまずいですよね?会長が、腹違いとはいえ妹と、なんて…」
黙ったまま食い入るように写真を見つめる弥生に男は畳み掛けるように言い、普段なら使えば確実に消されるだろうセリフを吐く。
「どうでしょう。姐さんの気持ち次第で――…手打ちにさせて頂きますよ?」
弥生は相変わらず無言のまま立ち上がった。
「まあ俺も鬼じゃないですからね。よく考えて、明日、お返事聞かせてくださいよ」
下卑た笑いを浮かべる男を一瞥してから向けた背中に届いた言葉にも反応を示さず、弥生はその場を後にした。
***
東城会本部に戻り、弥生は会長室のドアをノックした。
返事を待たず部屋に入ると、そこには部屋の主である大吾と戻りしなに呼んでおくように指示しておいた可那子が待っていた。
立ち上がろうとする可那子を手で制し、ふたりの座るソファの向かいに腰掛ける。
「急にすまないね、可那子」
「とんでもないです、それより何か…大事なお話なんですよね?」
話があるから本部を出るなと言われたと大吾から聞いていた可那子は、不安そうな表情を覗かせた。
そして大吾も口を開こうとした時、
「単刀直入に訊くよ」
言いながら弥生は、胸もとから先ほど渡された写真を取り出した。
「これは――…お前たちだね?」
「…っ!!」
瞬間ふたりは、声を出すことも忘れただ目を見開いた。
「そうなんだね」
その反応に答えを確信した弥生は動揺するふたりを見てため息をつき、ソファに背を預けた。
「これ、は…」
「いや、いいんだ。これは自分の鈍さに呆れただけ。お前たちを責めるつもりはないよ。…理由もないしね」
「…え?」
言葉の意味が分からず、ふたりは弥生を見る。
「よくお聞き」
その視線を受け、弥生はソファの背もたれから体を起こした。
そしてゆっくりと口を開く。
「お前たちは――…兄妹じゃない」
「な…っ!?」
「…うそ」
先ほどの、自分たちが写った写真を見せられた時以上の衝撃がふたりを襲った。
「可那子の父親は、堂島の影武者だった男だ」
弥生は淡々と続ける。
ふたりは言葉も出せず、ただ黙って聞くことしかできなかった。
ある仕事の時に可那子の母親と恋に落ちてしまった彼は、影武者としては致命的であることを承知の上で、それを堂島に打ち明けた。
殺されることも覚悟の上だったが、堂島はそれまで長い年月自分の影として生きてきた彼の初めての恋を赦した。
しかし可那子の母親は、堂島宗兵と名乗った男の子供を身ごもったことで姿を消してしまう。
「その後可那子のことを知った彼は堂島宗兵として認知を申し出たが…、あたしの報復とかも考えたんだろうね、きっぱりと断られたらしいよ」
そこまで話した弥生は、苦笑いを浮かべた。
いつの間にか大吾の膝の辺りを握りしめている可那子の微かに震える手をそっと包みながら、大吾はふと疑問を口にした。
「じゃあ、可那子の父親は生きているということか?」
その問いに可那子がぱっと顔を上げ、逆に弥生は視線を落とした。
「…残念だが、それはない。彼は堂島が殺されてすぐ…自ら命を断ったんだ」
可那子の体がびくりと跳ねる。
大吾は握っていた手を離し、肩を抱き寄せた。
「あたしも残された遺書で真実を知ったんだけどね」
「俺に妹のことを話してくれたのって、親父の葬式の時だったよな?何故その後…いやせめて可那子をここへ連れて来た時、そのことを言わなかったんだ?」
「まず言っておくと、お前に話したという記憶はないんだ。あの時はだいぶ参ってたからね」
弥生は苦笑いとともにそう前置きし、言葉を続ける。
「堂島がいなければ、彼は彼女に会わなかったかもしれないし可那子はこの世にいなかったかもしれない。そう思ったら、随分勝手な言い分だけど…可那子は堂島が遺したも同然だって思えた。だからお前たちが兄妹として暮らすというなら…それでいいと思ったんだ」
それに、と一旦言葉を切った弥生は優しげに笑う。
「それにあたしも、娘ができたみたいで嬉しかったしね」
「弥生さ…」
「だけど、それがお前たちを苦しめていたなんてね。写真を見せられて愕然としたよ、なんでもっと早く話してやらなかったんだろうって」
そう、事実を知った弥生はふたりが兄妹なのに愛し合っていることではなく、ふたりが愛し合っていることに気付いてやれなかったことにショックを受けていたのだった。
「すまなかったね、ふたりとも…赦しておくれ」
弥生の言葉に、可那子は慌てて首を振った。
実際は違っていたとしても、まだ兄妹だという事実しかないうちから自分たちは世間を欺き愛し合っていたのだ。
遅くなったとはいえ真実を教えてくれた弥生には、感謝しこそすれ責める道理などない。
私は、と可那子が口を開いた。
「これからは誰に隠すことなく…大吾さんを愛して、いいんですか…?」
それを聞いて弥生はにこりと笑って言う。
「ああ、大吾を頼むね」
そして安心したように顔を見合わせるふたりを優しく見つめた後、
「さ、あたしの懺悔はこれでおしまいだ。ヤボ用を片付けに行くからこれで失礼するよ」
弥生はそう言って、慌てて立ち上がろうとする可那子を手で制しながら立ち上がった。
そして誰にともなく呟く。
「あたしにあんな態度とったこと、後悔させてやらないとね」
「おいおい物騒だな、ああこの写真撮ったヤツか?だったら俺が代わりに…」
大吾の申し出を弥生は一蹴する。
「こっちは気にしなくていいから、お前は自分の周りの人間に話しておくんだ。いいかい?『お前たちは真実を知っていた。』…いいね?」
「…ああ」
確かめるように言った弥生は、そのまま部屋を出る。
「ああ、そうそう」
しかしドアが閉まる直前、ふと思い出したように振り返った。
「今度はちゃんと、おかあさんと呼んでくれるんだろう?」
「え?」
何のことかすぐに分からず、大吾と弥生の顔を交互に見る可那子。
代わりに大吾がそうだな、と答えやわらかく笑うのだった。