⑨
夢小説設定
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「どうして…」
「さすがにあの命令は聞けないですよ。帰りはご一緒させてくださいね」
エントランスに下りた可那子を待っていたのは、一八直属のSP達だった。
空気はまさに一触即発の雰囲気だったが、彼女には手を出すなという仁の命令により、何事もなく可那子たちは三島財閥を後にした。
そして可那子が『そのこと』に気付いたのは、部屋に入る直前だった。
管理不行き届きは認めるが――…
冷静さを取り戻し始めた可那子の頭に、仁の言葉が蘇る。
足元が冷たくなる感覚に、可那子は思わず足を止めた。
もしかして私は、とんでもないことをしてしまった――…?
仁の言葉が示している事実。
そう、それは――仁が今回の件には関係していなかった、ということ。
もちろん、頭首としての責任はあるだろう。
それでも、仁が指示したわけではないのに自分は仁を責め、傷を負わせた。
やっていることは、三島財閥と何も変わらないじゃない…!
「可那子様?」
そこへ声をかけられ、可那子ははっと我に返った。
彼らに礼を述べ、部屋へと入る。
しかしそこで更なる衝撃を受け、可那子の体は大きく震えた。
「一八、さん…!?」
目の前に立っていたのは、可那子が飛び出して行ったと聞いて部屋に戻って来た一八だった。
この状況の中で一八が部屋にいると知ったら可那子は逃げ出すだろうと考えた一八は、SP達への口止めも忘れていなかった。
そして、G社の情報網は伊達じゃない。
三島の本社で何があったか…も、一八はすでに知っていた。
「あ、あぁ…」
可那子の頭の中はパニックだった。
声を漏らし、震えながら後ずさる。
すぐにドアに当たり、しかしそれを開けることもできずただ狼狽えた。
小さく息を吐いた一八が可那子に近付く。
「ごめ、なさ…ごめんなさい…!」
伸ばされた一八の腕から逃げるように、可那子はドアを背にして崩れ落ちた。
「何を謝っている。俺の言うことをきかなかったことか。仁を傷付けたことか。――それとも」
言いながら、一八は可那子の腕を掴む。
「関係のない人間を傷付けたこと、か」
「――っ!!」
可那子は目を見開き一八を見る。
その瞳は恐怖にいろどられていた。
小さく首を振ると、溢れた涙が次々と零れ落ちる。
「ごめ、なさい…」
可那子はその言葉をうわ言のように繰り返した。
「っ!離して…っ」
「大人しくしろ」
一八は抵抗する可那子を抱き上げ、ソファへと運んだ。
「まずは少し落ち着け、話はそれからだ」
そう言って、淹れたばかりのコーヒーを差し出す。
震える手で受け取り、しかし口を付けないまま可那子は俯いた。
その様子を見ながら、一八はもう一度小さく息を吐く。
そして一人がけのソファに腰掛け、口を開いた。
「お前が仁の息の根を止められるとはさすがに思っていないが、それでも俺としてはよくやったと褒めてやりたいところなんだがな」
フォローするような一八の口調にわずかに顔を上げ、しかし可那子は首を振った。
「けれど、彼は関係なかった…です、よね…」
すると一八はそれを鼻で笑う。
「関係ないはずがないだろう。今回はたまたま奴の無能な部下が勝手に動いただけだ。遅かれ早かれ、あいつは必ず俺を殺そうとする」
そして、
「お前が気に病む必要はどこにもない。…が」
言いながら一八は立ち上がり、それを不安げに見上げる可那子の前に立った。
「もうしなくていい。お前の手はこんなことをするためにあるんじゃない」
言いながら、冷め始めたコーヒーの入ったカップを可那子の手から取り上げる。
「一八、さ…」
「来い」
一八は可那子をもう一度抱き上げた。
「私、一八さんに…軽蔑されるかと思ってました…」
今度は抵抗せず一八の腕に収まった可那子が、ぽつりと言う。
「理由がない」
短く答え、一八は可那子をベッドに下ろした。
その時、だった。
一番の恐怖―一八に軽蔑されるかもしれないという恐怖―を取り除かれ安堵した可那子は、一八に組み敷かれたその時ようやく、何より大事なことを思い出す。
「ああぁ、ごめんなさい一八さん…っ」
焦り一八の下から逃げるように慌てて体を起こすと、
「今度は何だ」
一八が呆れたように問い返した。
「傷は…」
「気にするな、問題ない」
おそるおそる手を伸ばす可那子に一八はこともなげに答えるが、しかしシャツの襟を少しめくると赤いものがにじむ包帯が見える。
「でも、血が…手当を」
「必要ない」
可那子は救急箱を取りに行こうとするが、一八に腕を掴まれ動きを止められてしまう。
いつもならここで諦めてしまうのだが、今日の可那子は少し違っていた。
「だめ!ですっ!!」
珍しく強気にそう言い切り、一八の手をほどいてベッドを降りる。
そして戻ってみると、一八がじっと可那子を見つめていた。
「、なんですか?」
「いや、さぞ見ものだったろうと思ってな」
そばに戻った可那子の頬をなで、くっくと喉の奥で笑う。
「何のこと、を…?、あ…!」
一八が何の話をしているかに気付いた可那子は、自分が黒服に対してとった行動を思い出して真っ赤になった。
「まあいい、好きにしろ。ただし」
その顔を満足げに眺めた後一八は、そう言いながら自らシャツをはだけた。
そしてもう一度可那子の頬をなでる。
「終わったら抱くぞ」
「――…っ、…はい…」
無理するなと言っても一八はきかないこと、自分に一八を拒めるはずもないことは分かりきっている。
手当をさせてくれただけでもよしとしよう。
そう思いながら可那子は、大人しく返事をするのだった。
これ以降、SP・黒服達の間で可那子だけは怒らせてはならないと囁かれ続けることになるなど、夢にも思わないまま。
(15,12,19)
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