④
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俺たちの主、一八様が姿を消してからどのくらい経っただろう。
八方手を尽くして捜しているのに、手がかりすら掴めていないのが現状だ。
恋人である可那子様も部屋にこもりきりで心配になる。
風間仁の事件があったあたりにも一度こんなことがあって倒れたこともあるし、それにその時は一八様が戻ることで解決したが今回はそういうわけには行かない。
本当に一八様を愛している方だから、毎日泣いているのだろうと思うと胸が苦しくなる。
そんな日が続いたある日の深夜、可那子様が部屋を出るのを見た。
部屋から出られるようになったのは良かったが、時間が時間なだけに少し心配になった俺は後を追う。
可那子様が向かったのは屋上だった。
「ヘリの発着がないとは言え、こんな時間にこんな場所にいては危ないですよ。けれどようやくお姿を拝見できて安心しました」
フェンスに手をかけたまま振り返った可那子様は生気のない瞳をこちらに向けて困ったように笑い、またすぐに背を向けてしまう。
心配になってここまで来たものの、俺にはかけてやれる言葉が分からなかった。
しかし強引に部屋に連れ戻すこともできない。
俺は少し離れた位置で、可那子様の横に並ぶように立った。
「私は…」
しばらく続いた沈黙の後、ぽつり可那子様が口を開いた。
「私はこのまま、一八さんを待っていて…いいんでしょうか」
涙声だった。
見ると、その頬には涙が伝っていた。
全く、何を言うかと思えば。
「あんなに愛し合う人たちを、俺は他に知りません」
本心から出た言葉だった。
こちらを見た可那子様は儚げに笑った。
しかし、涙は止まらなかった。
やはり俺の言葉は届かない…か。
どうしてこれほどまでに…一八様なのだろう。
思っても仕方のないことだと分かっていながら、俺もどうしてこれほどまでに――…。
と、俺はこんな時に何を考えているんだとこみ上げる苦笑いを抑え小さくため息をつく。
そしてゆっくりと可那子様に近付き、口を開いた。
「いい加減泣きやまないと、抱きしめますよ?」
「!!」
可那子様が弾かれたように顔を上げる。
涙で濡れた瞳が驚きに見開かれているのを見たら、思わず笑ってしまった。
「ほら、ね?」
「え…?」
「誰かに慰めてもらおうとかそういうずるいこと、思いつきもしなかったでしょう?」
言いながらハンカチを差し出すと、可那子様は戸惑ったように俺を見る。
「あなたには一八様しかいないんです。一八様もあなたに出逢ってから随分変わられました。あなたが信じなくて…どうするんですか」
俺はその手にハンカチを握らせながら、言葉を続けた。
「でも分かってるんです。本当は、信じることしかできないのでしょう?」
途端、その瞳にはまた新しい涙が溜まっていく。
そして可那子様はとても哀しげな瞳で俺を見て…小さく頷いた。
こぼれ落ちる涙がハンカチに染み込んでいく。
信じることしかできないのに、でも不安で苦しくて、ただ大丈夫だとそれでいいんだと誰かに言って欲しかったのだとその瞳が物語っていた。
「一八様を信じていてください。きっと大丈夫ですから」
繰り返した俺の言葉に、可那子様はもう一度頷いた。
「ありがとう、ございました…」
「とんでもないですよ」
部屋に送り届けた時には、可那子様はだいぶ落ち着きを取り戻していた。
ゆっくりと扉が閉まる。
無意識、だった。
扉が閉まる直前、俺はそれを手で押さえていた。
「幸永さん?」
可那子様の声にはっと我に返る。
同時に、可那子様の泣き顔が脳裏を掠めた。
夢で見た――…可那子様の哀しげな泣き顔が。
何をやっているんだ、俺は…!
夢だと分かって安堵して、夢だと分かっていても死ぬほど後悔したのに――
夢の中でさえ可那子様は一八様のものなのだと、まざまざと思い知らされたのに――…
そういえば、と俺は必死でさりげなさを装う。
「お腹、すいていませんか?」
「あ…」
するとおそらくまともに食べていなかった可那子様は、ようやく空腹に気付いたらしく恥ずかしそうに頬を染めた。
「すぐに用意しますから」
そう言って今度こそ扉が閉まるのを見届け、俺は長い長いため息をついた。
可那子様のための食事を頼みに行く道すがら、俺はぼんやりと考える。
一八様のためだけに生きる可那子様は、一八様のためならきっと命を絶つことさえ厭わないだろう。
人それぞれ重いとも怖いとも捉えられるかもしれないそれを、しかし俺は羨ましいと思った。
「運命の相手――…か」
それほどまでに愛せる相手と俺も巡り逢えるだろうかと、屋上で触れた可那子様の柔らかな手を思い出しながら――その手をぎゅっと握りしめた。