本当はすごく
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あたしが海堂に告白した時、海堂の返事は『勝手にしろ』だった。
それはどういう意味?と聞いたあたしに返ってきた答えは、第一優先はテニスで、大会が近くなればあたしの存在を忘れるかもしれないということと、メールや電話は苦手だということ。
それでもいいなら勝手にしろってことみたいで、よく分かんないけどとにかく、ふられなかったってことがあたしにとっては奇跡だった。
その日から晴れて恋人同士になったあたしたちだったけど、はじめの言葉通りあんまり恋人らしい進展はなかった。
メールや電話は苦手だって言ってたから、あたしもあまりしなかった。
それでも部活が終わるのを待ってれば帰りは家まで送ってくれた。
一緒にいられて話ができる学校帰りの数十分が、とても幸せだった。
もしかしたら海堂には――迷惑だったのかも、しれないけれど。
そんなある晴れた週末、めずらしく海堂からメールがきた。
『今日は自主トレで、川にいる』
内容はそれだけだったけど、今まで自主トレするのにメールくれたことなんてなかったから、嬉しくなったあたしは差し入れを手に海堂のいる河原へと向かった。
海堂は自分の技、ブーメランスネイクを鍛えるために時々こうして川で自主トレをしているみたい。
水に濡れた2枚つなげた手ぬぐいを振り抜くたびに、水しぶきがキラキラと輝く。
真剣な横顔、鍛えられた背中。
陽射しがまぶしくて…海堂もまぶしい。
水がすごく気持ち良さそうで、あたしはサンダルを脱ぎ海堂の邪魔にならない場所で水につかってみた。
「やってみるか?」
するとひと息ついた海堂がそう言って、手ぬぐいを掲げてみせる。
「やってみたい!」
あたしが手を伸ばすと、海堂は手ぬぐいをほどき1枚にして渡してくれた。
「いいか?こうして…振り抜く!」
「こうして…振、り…抜く…っ」
当然海堂は軽々とお手本を見せてくれるけど、あたしには至難の業。
「すごい…海堂、いつもこんなトレーニングしてるんだ…」
数回繰り返しただけで息切れしてしまったあたしは、尊敬の念を込めて呟いた。
「たいしたことねぇ。強くなるためにはまだまだだ」
返された言葉は相変わらずの海堂らしいものだったけど、あたしはまた少し海堂を知れて嬉しかった。
「じゃああたしも頑張るね!」
気合を入れてそう言ってみたら、
「まぁ怪我しねぇ程度にな」
少し驚いた表情を見せた後海堂は、ふっと笑ってそう言ってくれた。
そしてあたしがもう一度手ぬぐいを手に構えた時だった。
「きゃあっ!」
「あぶねぇ…っ」
足もとの石がごろりと転がり、それに足を取られたあたしはバランスを崩してしまった。
海堂がかろうじて支えてくれたおかげでひっくり返りはしなかったものの、派手に水しぶきをかぶったあたしたちはふたりともびしょ濡れだった。
「冷たぁ…ごめん海堂、大丈夫…?」
「ああ、俺は…、」
その時海堂が息を呑む気配がして。
直後、あたしは海堂の腕の中だった。
「海、堂…?」
びっくりして、身動きもとれなくて、あたしはそう呼ぶのが精一杯だった。
すると、はっと気付いたようにあたしの体を離した海堂は、目を逸らしたままあたしの腕を引いて岸へ上がった。
「着てろ。片付けたら送って行く」
自分の荷物からシャツを取り出して差し出してくれる。
「えっいいよ濡れちゃうし…ごめん、ひとりで帰れるから…」
だけどそれは申し訳なくて遠慮したら、
「そんな恰好で帰せるわけねぇだろう!」
テニスの時と桃城くんといる時以外は静かな口調で話す海堂が、声を荒げた。
それが自分に向けられて、あたしの体はびくっと萎縮する。
「…っ、ごめ…」
「いや、悪ぃ…」
けど、声のトーンはすぐに下がった。
「…他の奴に、見せたくねぇんだよ…」
「…!」
顔をそむけてシャツを肩にかけてくれる海堂の態度で、ようやくあたしは気付いた。
Tシャツが濡れて、下着が透けていることに。
「ごめん…」
顔が熱くなるのを感じて、かけてもらったシャツの裾を握り、俯く。
すると、シャツの前を合わせてくれていた海堂が手を止めた。
「いつもいつも…そんな不安そうな顔してんじゃねぇ」
「え…?」
「いや、させてんのは俺か…悪い」
「そんな、こと…っ」
あたしが顔を上げると、今度は海堂が目を逸らした。
「だがお前のことは…」
その後一旦あたしと目を合わせ、また逸らす。
そうしてから照れくさそうに、でも真っ直ぐにあたしを見つめた。
「お前のことは真剣に考えてるから…だからもう、そんな顔すんな」
…驚いた。
「海堂…、っ!」
その名前を呼んだら、涙があふれた。
海堂の言葉に驚いて…嬉しくて。
なのに…。
自分で思ってたより、あたしは無理してたみたい。
「ずっと…頭から、離れなかった…」
だって、涙がこんなふうに出るなんて知らなかったし…自分の口からこぼれる言葉が自分のものだなんて、信じられない…。
「…何で海堂は、あたしと付き合ってるんだろうって…。気持ちがないなら、ふられた方がよかったんじゃないかって…」
海堂が驚いた顔であたしを見てる…ううん、呆れてるのかな?
あたし、何を言ってるんだろう…付き合い始める時、こんな付き合いになるって分かってたはず、なのに…。
ごめんあたし…、結構めんどくさい女だね…。
分かってるのに…涙が、止まらないよ。
――だけど…、だから…っ!
あたしが叫ぶのと海堂が動くのは同時だったように思う。
「望んじゃいけないって…思ってた…っ」
元いた場所にその言葉だけ残して強く引かれたあたしの体は――
「海、堂…」
「悪かった、最初にあんなこと言っちまったから…」
あたたかくて広い胸にすっぽりと包みこまれて。
泣いて泣いて嗚咽の止まらないあたしが落ち着くまで、その力が緩むことはなかった。
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