声に出して
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実際、あたしはどんどんジロちゃんを好きになっていった。
あたしをすごく大事にしてくれて。
少しのんびり屋さんで気付くと寝ちゃってることもあるけど、テニスは氷帝レギュラーの一角を担うほどの腕前で。
何よりあの無邪気でやわらかな笑顔は、いつでもあたしを魅了する。
そして寝顔がかわいかったあの日、呼び方はジロちゃんに決めた。
そう呼んでいいですかと聞いたあたしにジロちゃんは
「いいね、それ。新鮮」
って笑ってくれた後、
「でも、敬語はナシにしようね」
と言った。
東京と神奈川。
会えるのは週末だけ。
でもジロちゃんは週末も部活があるから、あたしが東京に会いに行った。
苦になんて全然ならなかった。
会えることが嬉しくて。
一緒にいられることが嬉しくて。
だって知らなかったから。
氷帝学園テニス部の人気の高さを。
それは、ジロちゃんと付き合い始めてひと月が経った頃だった。
その日あたしは、学校帰りに数人の女の子に囲まれた。
「丸井可那子、ってあんただよね?」
「…はい…」
その子たちが着ていたのは、氷帝の制服だった。
そしてその雰囲気から、彼女たちの目的は薄々伝わってきた。
「慈郎と別れて」
「イヤです」
やっぱり、と思いながらあたしは答える。
だけど、
「慈郎が本気だと思ってんの!?」
そう返されて、言葉に詰まる。
そうだ、あたしたちはまだ…。
あたしは本気でジロちゃんが好きだけど…ジロちゃんは…?
どこまでがお試しでどこからが正式かなんて分かんないけど、あたしは目の前の女の子たちに何も言い返せなかった。
ジロちゃんと別れてって言われた時イヤだって即答してしまったけど…今のジロちゃんの気持ち、はっきり聞いたわけじゃないんだ。
勝手に期待して、勝手に不安になって、勝手に落ち込んで…その晩は眠れなかった。
次の日、寝不足でだるい体を引きずって帰って来たあたしは、着替えもせずに部屋でぼんやりと考えていた。
そこに、遠慮がちに響くノックの音。
部屋の入口を見ると、そこにはブン太くんが立ってた。
「え?ブン太くん、どう…」
「お前昨日、氷帝の女子に囲まれたんだって?」
唐突にそう言われて、あたしの心臓は大きく跳ねた。
誰にも話してないのに…話すつもりもなかったのに…。
「えー何それ?っていうか、ブン太くん部活は?」
だから、ごまかして話題を変えようと無駄な努力をしてみた。
「休んだ。つーか、とぼけんな。ダチが見てたんだよ。大丈夫か?何かされたんじゃ…」
「何も!…何もされてないから…、大丈夫」
やっぱりごまかすのは無理だったけど、ブン太くんに心配かけたくなくて、あたしは笑って見せた。
「そんな真っ赤な目して何もないって言われても信じられるかよ」
だけどブン太くんはそう言って、携帯を取り出した。
「芥川にも言ってないんだろ?」
その言葉にあたしは焦った。
「ジロちゃんには言わないで!」
慌ててブン太くんの携帯に手を伸ばす。
「ダメだ。自分の彼女もちゃんと守れないようなヤツに、大事な妹分を任せるわけにはいかない」
「でも、まだ分かんないんだもん!初めに話したよね?まずは…」
「ああ、お互いを知る為のお試し期間ってヤツか」
いつもかわいがってくれるブン太くんに、あたしはたぶん初めて反抗した。
でもブン太くんはあたしの声をちゃんと聞いてくれて、携帯を閉じてくれた。
でもその後、だけどな、とあたしをまっすぐに見る。
「いつまでそのままなんだ?このままずっと、何となく付き合っていくつもりか?芥川が自分をどう思ってんのか分かんないまま?」
「……」
ジロちゃんの気持ち…怖くて聞けてなかったこと、見抜かれてた。
「俺が確かめてやるよ」
「や、だめ…っ」
何も言えないあたしをよそに携帯を開いたブン太くんは、あたしが止めるより早くメールを送ってしまった。
ブン太くんがどんなメールを送ったのかは分からない。
心臓がドキドキうるさい。
知りたくて、でも知ってしまうのが怖かったジロちゃんの気持ちって…。
その時、携帯が鳴った。
体がびくんと震える。
聞き慣れた着信音。
…あれ?鳴ってるの、あたしの携帯?
ブン太くんがほら、と携帯を手渡してくれる。
「大丈夫だから。出ろって」
それでもためらうあたしにブン太くんが言うから、あたしはおそるおそる通話ボタンを押した。
「もしもし…」
『可那子ちゃん!?今どこ?』
「え?うち…」
『分かった!すぐ行くからね!』
「え!?ちょ、ジロちゃ…、え?切れた…。…ブン太くん、これって…」
ワケが分からないまま通話を終えたあたしは、ブン太くんに問う。
「『可那子が泣いてる』ってメールを向日に送っただけ。なに、芥川これから来るって?」
「うん…すぐ行くからって言って、切れた。でもなんでジロちゃんじゃなく?」
いたずらっぽく笑って答えてくれたブン太くんにもうひとつ問う。
「芥川、寝てるかもしんないだろ?だからその横で聞かせる必要があったんだよ。向日だったら、なんだこれって騒ぎそうだし」
そう言ってブン太くんはあたしの頭をくしゃくしゃとなでた。
「これが芥川の気持ち。分かるよな?あいつが来たら、ちゃんと話しろよ?」
その優しい声と言葉があたしの中にゆっくりと沁み渡る。
やっぱりブン太くんは、頼れるお兄ちゃんだね。
「ありがと、ブン太くん…」
意気地がないせいでずいぶん時間かかっちゃったけど、ブン太くんに背中を押してもらってあたしはようやく一歩踏み出せた。
きっとジロちゃんは今、あたしのことを考えてくれてる。
それがすごく嬉しくて。
ジロちゃんが家まで来るのを待ちきれなかったあたしは、駅までの道を駆け出したんだ。