声に出して
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それは、従兄のブン太くんを応援するために行ったテニスの大会でのこと。
フェンスの向こうでは、ブン太くんとジャッカル先輩のペアが青学のペアと試合をしてる。
あたしはその息の詰まるような試合展開をフェンスを握りしめて見つめていた。
だけど、そんなあたしの横で騒ぐ男の人がいた。
この制服、確か東京の…氷帝学園のものだったはず。
なのに、ブン太くんが技を決めるたびに大騒ぎ。
すごく嬉しそうに。
初めはちょっとうるさいなって思ってたけど、ちらっと盗み見た無邪気でやわらかな笑顔がどうにも憎めなくて。
試合が終わる頃には、あたしの意識は8割方彼に向いてしまっていた。
ブン太くん、ごめんね。
でも立海ペアが勝ってよかったよ。
「こいつ、うるさかったろ?堪忍な、お譲ちゃん」
その時、聞き慣れない関西弁で突然話しかけられた。
声の主を見ると、騒がしかった男の人と一緒にいた人だった。
「ほらジロー、お前もちゃんと謝り」
その人に促されてジローと呼ばれた彼があたしの方に一歩歩み寄って来た。
「尊敬する丸井くんの試合見れて興奮しちゃって…ごめんね?」
申し訳なさそうに謝る彼を見ながらあたしが感じたのは、ブン太くんって尊敬されちゃうくらいすごい人なんだ…っていう驚きと、この人、ジローくんっていうんだ…っていう名前を知れたちょっぴりの嬉しさ。
でも、それ以上の話をするきっかけも理由も勇気もなくて…
「いえ、気にしないでください」
そう言ってぺこりと頭を下げ、その場を去ることしかできなかった。
その日からのあたしは、なんだかおかしかった。
ジローくんのことが頭から離れない。
といってもあたしが知ってることと言えば、ジローくんっていう名前とあの無邪気な笑顔だけ。
だけどその笑顔があたしを魅了していて。
気が付くと、ジローくんのことばかり考えていた。
もう一度会えたらなって思ったりもしたけど、街中でばったり…なんて都合のいいことはそうそう起こるわけもなくて。
ましてや東京と神奈川、可能性なんてないに等しいくらいだった。
あたしはせめて彼の本当の名前くらいは知りたいと思っていた。
でも氷帝に知り合いなんていないし…って思ったところに浮かんできたのが、ブン太くんの顔だった。
試合とかで会うこともあるだろうし、もしかしたら知ってるかも…と、あたしは近所にあるブン太くんちを訪ねた。
「おう、可那子。どした?」
ブン太くんちは3人兄弟で、ブン太くんはすごく面倒見のいい一番上のお兄ちゃん。
だから、1つ年下のあたしのことも昔からかわいがってくれた。
「うん…、あのね」
「言いづらいことか?」
「ううん、そんなことない。ちょっと恥ずかしいけど…」
心配そうに聞いてくれるブン太くんにそう答えてから、本題を切り出した。
「氷帝のテニス部に、ジローって人いる?くりっとした茶髪の…」
あたしの質問に少し意外そうな表情を見せたブン太くんは
「ああ、芥川慈郎か」
と、さして考える素振りも見せず答えてくれた。
「芥川、慈郎くんっていうんだ…」
「芥川がどうかしたのか?」
ようやく知ることのできた彼の名前を呟いたあたしにブン太くんが聞いてきたから、
「うん、こないだの大会でね…」
と、あの時のことを話して聞かせた。
「ブン太くんが実はすごい人なんだってことも初めて知ったよ」
いたずらっぽくそう言ってみたら、
「今さらかよ、俺は前からすごいんだっつーの」
ブン太くんは超まじめな顔で言った後、にかっと笑った。
「で、その俺を尊敬してる芥川を気に入ったわけか」
「別にブン太くんを尊敬してるとか関係ないし…ってゆうか、別にそんなんじゃ…っ」
突っ込むのに忙しくて、何を言われたか理解するのが遅れた。
焦るあたしの様子を茶化すでもなく見ていたブン太くんは、
「じゃあ連絡取ってやるから、会ってみろよ」
さらりとそんなことを言ってのける。
「そんな…っ」
更に焦って言葉の出ないあたしの顔を覗き込んだブン太くんは、
「会って話してみりゃ色々分かると思うぜ?」
あたしの頭をくしゃくしゃとなでて、笑う。
「なんせあの大会から1ヶ月も経ってから聞いてくるってことは、その間ずっと芥川のこと気になってたってことだろぃ?」
「う…」
図星だった。
だからあたしは、ブン太くんの計画に大人しく乗せてもらうことにしたのだった…。
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