離れても迷わない
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「可那子、来週の練習試合だが…」
水分補給のためのスポーツドリンクやお茶を用意していたあたしは、背後からかけられたその声に振り返った。
氷帝学園テニス部。
あたしはマネージャーで、あたしに声をかけてきたのはテニス部部長の跡部景吾。
「ちゃんと手配は済んでるか?」
俺様な跡部は相変わらず尊大な態度であたしに問いかけて来た。
「当然!あたしを誰だと思ってんの?」
あたしはそれに負けじと胸を張って返事をする。
「…だな。まぁ心配はしてないがな。監督に確認しておけと言われたから聞いたまでだ」
いつもの不敵な笑みを浮かべると、あたしがこれから運ぼうとしていたクーラーBOXを肩にかけ、コートに向かって歩き出す。
「…たまに優しいよね、跡部は。俺様のくせに」
「お前はいつも、ひと言もふた言も余計だ」
ウォータージャグを両手に掴んで小走りに追い付いたあたしにため息交じりに答えた跡部は、ふとその表情を真剣なものに変えて足を止めた。
「いつもズケズケとものを言ってくるくせに…何故言わなかった?」
つられて足を止めたあたしに、跡部が問いかけてくる。
跡部が何を言いたいのか…あたしにはすぐに分かった。
1年の時から部長を務めていた跡部とは、当然話す機会は多かった。
クラスも同じだったし、一緒にいる時間が長かった分、3年になる頃には何でも言い合える関係になっていた。
でもそれと同時に、受けるいやがらせは増えていった。
そのたびに跡部の人気を痛感させられたけど、跡部には特に何も言わなかった。
だって、あたしたちは付き合ってるわけじゃなかったから。
「…何の話?」
無駄だと思いつつあたしは一応とぼけてみるけど、
「とぼけても無駄だ。俺様が何も知らねぇとでも思ってんのか」
と跡部に返され、やっぱりだめか…と内心でため息をつく。
だけどその後跡部は
「…と言っても、俺も気付いたのは最近だ。…悪いな」
と申し訳なさそうに続けた。
「やだな、なんで跡部が謝るの?別にあたしたち付き合ってるわけでもないんだし、跡部が気に病む必要ないでしょ?」
跡部にこんな殊勝な一面があったのかと驚きつつ、あたしがごく当たり前の言葉を返すと、
「じゃあ俺様の女になれよ、可那子」
「…はい?」
思わず聞き返してしまうような言葉が跡部の口から飛び出した。
「そうすれば俺様がいつもそばにいてお前を守ってやる」
臆面もなく言葉を続ける跡部だったけど、それに対してあたしは
「あははっ、何言ってんの、跡部ってば。あたしがあんたの女に?お生憎様、守ってもらわなきゃなんない程あたしはヤワじゃないんだからね!じゃああたし、先行くからっ!」
と一気にまくしたて、跡部が何か言う前にその場を逃げ出した。
テニスコートに向かって校舎の角を曲がり、そこであたしは足を止めた。
破裂するんじゃないかってほど、心臓がバクバクしてる。
1年の時からずっと跡部が好きだった。
マネージャーを志望して入ったテニス部で跡部が1年生にして部長になった時は驚いたけど、共有できる時間がある、ただそれだけで他には何もいらないと思えるくらいにあたしは幸せだった。
父が倒れたのは、そんな日々をずっと過ごしてきた2年の終わり頃だった。
卒業したら、あたしは地元に戻らなくちゃいけない。
この氷帝学園にいられるのは、あと1年になってしまっていた。
だから、跡部とは付き合えない。
だって、俺様な跡部が遠距離恋愛とか…全く結びつかないもの。
たとえ付き合ったとしても、離れたらきっと…ダメになる。
…ううん、違う。
跡部はモテるから、離れてしまったら心をつなぎとめておける自信がない。
あたしは、自分が傷付くのが怖かったんだと思う。
もちろん、嬉しくないと言えば嘘になる。
だけどそれ以上に、身勝手な自分の心をどうすることも出来なくて…苦しかった。
それから何度か、跡部はあたしに同じ言葉をぶつけてきた。
跡部にふさわしい子は他にいるから
あたしなんかと付き合ってもいいことないよ
あたし、そんなに弱くないんだから――
そのたびあたしはのらりくらりとそれをかわし、テニス部も引退した。
そして気付けば季節は冬を越え…卒業する日を迎えていた。
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