あなたの名を呼び、
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「やはりここにいたのですね…蔵本さん」
あたしが今いるのは、屋上。
教室では二限目の授業が行われている時間だった。
まさかこんな所にいるとは思えない人物の声に、あたしは多少驚きつつ振り返った。
「…めずらし。柳生がサボってる」
――柳生比呂士。
紳士―ジェントルマン―と呼ばれる男が、そこに立っていた。
「あなたと話をする為には、こうするしか手段がなかったものですから」
柳生は少し困ったように言い、肩をすくめた。
さっき一限目が終わった休み時間に、あたしは彼氏と派手にけんかをした。
別れてやると言い捨てて教室を飛び出したけど、財布も携帯も定期も置きっぱなしだったから家に帰ることもできず、屋上で気持ちを落ち着かせていた。
気分が落ち着いても、もう彼に戻る気にはならなかった。
けれど、妙にスッキリした気持ちだった。
そして柳生に声をかけられたのは、そんな時だった。
「あたしは用事、ないんだけどな」
…そっか、教室でやらかしたワケだし、柳生も当然聞いてたよね。
思い出して自分に呆れながら、
「もしかして…あたしのこと心配して、とか?」
冗談ぽく聞いてから、そんなまさかね、と否定しようとしたら、何故か抱きしめられた。
「どうしたの?柳生…」
細く見えるけどさすがは運動部、っていう力に多少戸惑いつつ、あたしはごく当たり前の質問をした、つもりだった。
「これからあなたは、私の腕の中だけにいて下さい」
返ってきたのは、意外な言葉。
単純に慰めてあげます、って意味でもなさそう。
「あたしのこと…好きだって言ってるみたいに聞こえるんだけど」
って、大人しく柳生に抱きしめられたままあたしが言うと、
「おや、知りませんでしたか?あなたという人は本当に鈍くて困ってしまいますね」
…さらりと毒舌。
「なんか丁寧に言われると…余計に傷付くわ」
「大丈夫ですよ。その鈍い所もあなたの良さなんですから」
小さくため息をついたあたしなんておかまいなしで。
「フォローになってない…っ」
そろそろ文句のひとつも言ってやろうと顔をあげたら、キスをされた。
「キスしていいですか?」
で、確認?
「…してから聞くな」
順番逆でしょ。
「では…抱いてもいいですか?」
「…っ!!」
そうくる!?
さすがに即答できないあたしを置いて、柳生は淡々と続ける。
「もちろん今ここで、とは言いません。今はテスト前で部活も休みですし、放課後お付き合い願えますか?」
「でも、あたし…」
「まだ彼が好きですか?」
戸惑うあたしに柳生はもうひとつ質問を重ねてきたけど、
「ううん、あいつとはもう…終わりだと思ってる」
それにはすんなり答えることができた。
「では、それで結構です。まずは私を受け入れて、私を知って下さい」
まだ彼が好きって答えたら諦めるのかな、なんて考えてもみたけど…柳生の想いを茶化すみたいになってもイヤだったから、口に出すのはやめた。
「それに、私でしたらあなたにそんな顔はさせませんし」
そんな顔って…柳生の目にあたしはどんな風に映ってるんだろう…なんて考えてるうちに、
「よろしいですか?」
「…うん」
彼のなんだかよく分からない静かな勢いに押されて、あたしは首を縦に振っていた。
「ありがとうございます」
嬉しそうな、安心したような声が耳に届くと同時に、柳生の腕に力がこもる。
ほんの少しだけあったあたしたちの距離がなくなって、最初みたいに強く抱きしめられた。
そして長い沈黙。
沈黙に耐えかねたあたしは柳生の背中に腕を回した。
その背中を軽く引っ張る。
「ところで、あたしはいつまでここにいればいいの?」
ここ…柳生の腕の中。
「そのことなんですが…せっかく自分の腕の中にいる愛しい人を、みすみす手放していいものかと悩んでいるのですよ」
「…!」
柳生ってば臆面もなくなんてことを言うんだろう。
それも心底困ったように。
「放課後までがまんしなさい!」
顔が熱くなるのを感じて俯きながら柳生の胸を押して離れようとすると、
「そうですね、では…」
「え!?ちょっ…柳生っ」
柳生はあたしの制服の襟もとをぐいっとはだけさせ、そこに顔を寄せてきた。
「ん…っ」
鎖骨の下あたりに小さな痛み。
体勢を戻した柳生は、何事もなかったようにあたしの襟を正しながらにこりと笑った。
「約束のしるしです」
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