気持ち伝えて
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2月14日、バレンタインデー。
大量にもらったチョコの中に一つだけ、名前のないものがあった。
カードにはひと言、好きですとだけ書かれていた。
名前を書かないってことは返事は期待していないんだろう。
だけど俺には分かってしまった。
いつも借りているノートで見慣れた文字。
蔵本可那子。
カードに書かれた文字は間違いなく、彼女のものだった。
もともとテニス部ではホワイトデーは無しとされている。
全員にお返しをしてたら破産してしまうから。
それでもいいからと結局大量のチョコをもらうわけで、俺としては当面のおやつに困らなくて助かったりもするんだけど。
まぁそうは言っても、ホワイトデーが禁止されてるわけじゃない。
あの日から一ケ月。
その間に卒業式も終え、俺たちは春休みに入った。
98%が一緒に上へ行くのに、卒業式ではみんな手当たり次第写真を撮りまくった。
俺も何枚か撮った。
その中に蔵本も写っていて、嬉しかった。
春休みに入ると、新学期までは会えない。
誰からもらったチョコを食べていても、考えるのは蔵本のことばかりだった。
顔が見たい。
声が聞きたい。
――だから、会いたい。
離れてみて確信した。
俺はやっぱり蔵本が好きなんだ。
俺は、卒業式の日にクラス全員で交換した携帯番号の中から蔵本のメモリーを呼び出した。
CALLボタンを押してから思う。
言い出しっぺは誰か知らないが、そいつももしかしたらこんな目的があったんじゃないかな、なんて。
もし違ったとしても、今はそいつに感謝したいと思った。
数回コールの後に聞こえた蔵本の声は、かなり戸惑ってるように聞こえた。
ちょうど図書館での勉強を終えたところだと言うので、その近くの公園で待ってて欲しいと告げ、俺はチャリを飛ばした。
数分後、辿り着いた公園のベンチに蔵本は所在無げに座っていた。
「寒い所に待たせてごめん」
声をかけたら、蔵本は弾かれたように立ち上がった。
「丸井くん…」
緊張と不安が入り混じったような表情で俺を見る。
そんな蔵本の顔を見た途端、声が出なくなった。
やべぇ、なんだこれ。
今たぶん俺、試合ん時より緊張してるわ。
黙ったまんまの俺を見て、蔵本の表情は更に不安げに曇る。
その時、今更ながらに思った。
そうだよな、好きって想いを伝えるのって、めちゃくちゃ勇気がいることなんだよな。
「チョコ、うまかった。ありがとな」
ようやく絞り出した言葉に、蔵本の表情が驚きに変わる。
「どうして…」
ああそうか、そういや名前なかったんだっけ。
「すぐ分かったぜぃ。ノートの字と同じ、だったからな」
俺がそう答えたら、蔵本は耳まで真っ赤になった。
俺はポケットから小さな包みを取り出した。
「名前書いてないってことは、そういうの望んでないのかも、とも思ったけど…」
言いながら差し出したそれを、蔵本は両手でそっと受け取ってくれた。
そして俺を見上げてくるその瞳をまっすぐに見つめ、俺は言葉を続けた。
「もしよかったら、俺と付き合ってくれないか?」
うそ、と小さく呟いた蔵本の瞳には、見る間に涙がたまっていった。
何故かやべぇと思った俺は、それがこぼれる前にその体を抱きしめていた。
ふぅ、とこれまた何故か訳の分からない安心感に包まれたところで
「丸井、くん…?」
遠慮がちに小さく俺を呼ぶ蔵本の声ではっと我に返る。
「うお、わりぃ!」
慌てて体を離す。
わけ分かんねぇ。
何テンパってんだ、俺。
自己嫌悪に陥る俺に、だけど蔵本はううん、と首を振り
「涙止まった、ありがと」
と目じりの涙を拭いながら優しく笑ってくれた。
その笑みに促されるように、俺は口を開いた。
「返事、もらってもいいか?」
その言葉に蔵本は、一度恥ずかしそうに視線を逸らしたあと、俺をまっすぐに見上げてきた。
「あたしでよかったら、よろしくお願いします…」
そう言って照れたように笑う蔵本の笑顔に、めまいがした。
ここまで好きになってるとは思わなかった。
俺の体はもう一度蔵本を抱きしめていた。
今度は蔵本もそれに応えてくれた。
背中に回された腕の感触が嬉しかった。
「大好き…ブン太くん」
その時、囁かれた蔵本の言葉に俺は耳を疑った。
思わず腕の力を緩めると、
「あ、名前…ごめん、いきなり…」
俺が怒ったと思ったのか、蔵本はうろたえた。
謝る必要なんて全然ねぇよ。
むしろ…
「呼び捨てでもいいんだぜぃ?」
俺が笑ってみせると、今度は慌てて首を振る。
「呼び捨てなんてできないよっ。それに、ブン太くんって呼ぶの…夢だったの」
そんなもん、付き合ってなくたって呼べばいいじゃん、くらいのささやかすぎる夢に、だけど俺はくすぐったいような照れくささを感じていた。
「じゃあその夢は叶ったな。次はもっとでかい夢、叶えてやるよ」
腕に力を込めると、俺たちの距離はまたゼロになる。
俺はこみ上げる想いをそのまま口にした。
「好きだぜ、可那子…」
来年からは、チョコは一つでいい――…。
(12,3,14)
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