ペテン師の素顔
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チャイムが終業を知らせ、午後の授業を視聴覚室でサボったあたしは椅子から体を起こした。
廊下からは、動き出した生徒たちのざわめきが聞こえてくる。
帰って行く者、部活へ向う者を、窓からぼんやりと見下ろす。
あ、真田…。
生徒たちの群れの中にその姿を見つけた。
彼が向かうのは、もちろんテニスコート。
全国大会も近い。
頑張れ、テニス部。
遠ざかる背中を見送りながら、そんなことを思っていた時だった。
「こんな所でさぼっていたのか!」
突然背後から声がかけられた。
体がびくっと震える。
ただそれは間違いなく真田の声だったけれど、驚いたのは無防備だった所に声をかけられたって部分。
「甘いな、仁王!あたしだってそうそう騙されっぱなしじゃおらんぜよ!」
仁王の口調を真似て振り返ったあたしを、仁王は驚いて見ていた。
だけどすぐにいつもの不敵な笑みをその顔に浮かべる。
「ほう…初めてじゃ、俺のイリュージョンを見破った人間は」
言いながら仁王は、あたしの横に並んで窓の外を見た。
真田の姿はもう見えない。
だけどあたしはその時仁王のペテン師としてのプライドを傷付けてしまうのが怖くて、正直に理由を話した。
「なるほど…やはり俺のイリュージョンは完璧だったってことじゃな」
「うん、さっき真田の姿を見てなかったら、マジびびってたと思う」
あたしのネタばらしを聞いてにやりと笑った仁王に、あたしは素直にそう答えた。
なのに、
「そんな風に素直なお前さんはちと気持ち悪いな」
仁王はそう言って苦笑い。
「相変わらず失礼な男だよ、あんたってヤツは」
あたしは悪態をつきつつ、そろそろ決着を付けたいからだよ…と、声には出さず自分を鼓舞する。
「ところでさ」
あたしは隣に立つ仁王に向き直り、彼を見上げた。
「なんで、いつも“他の誰か”なの?」
「…どういう意味じゃ」
あたしの唐突な質問に、面食らってきょとんとする仁王。
「あ、それ。今は素の仁王?」
屋上でサボってる時も仁王は、イリュージョンとはいかなくてもいつも誰かのモノマネをしていたのを思い出しながら、あたしは問いを重ねた。
その直後だった。
突然体の自由を奪われたと思ったら、あたしは仁王の腕の中にいた。
「…会話が成立しないっていうか…なんであたし、あんたに抱きしめられてんの?」
言葉を発しない仁王に、あたしは別の問いをぶつけてみる。
「他の誰かになっても俺は俺だと言いたいところじゃが…」
仁王にしては珍しい、自嘲気味な響き。
「素の俺はダメじゃき。――…こうやって暴走するからの」
…唐突に知る、仁王の気持ち。
あたしは――
「暴走されるのは困るけど…」
言いながら、彼の体をぎゅっと抱きしめ返す。
「あたしの前ではもう、素のままでいいよ」
「可那子…?」
驚いて力の緩んだ仁王の腕から、あたしは彼を見上げた。
希望的観測だけど、と前置きしてあたしは自分が考えていたことを話した。
「誰かを好きな素振りを見せれば、あんたはあたしをからかうために声をかけてくれると思ったの。
実際真田のこと好きなのかって聞かれた後、屋上でサボってる時も真田のマネすること増えたからね。
望みのない恋だと思ってたから、あんたがそうやってあたしを騙すためにあたしのことを考えてくれるってことだけで、嬉しかった」
あたしをひょいと抱き上げて机に座らせながら、だけど仁王はあたしの話を黙って聞いていた。
「でも最近はあんたのこと好きすぎて、ふたりきりで屋上にいるの、キツくなってきててさ。
そろそろケリつけようと思って、でも砕ける時くらい素の仁王と話したかったから…変な質問して、ごめん」
あたしが話を終わると同時に、今度は仁王が口を開いた。
「俺の方こそ、希望すらないと思っとった。俺は真田になることはできても、お前さんの心を手に入れることはできんからの。
だからせめて、それでもお前さんのそばにいるために…」
そこで仁王はふと言葉を切りあたしをじっと見つめた後、
「まさか、この俺がペテンにかけられていたとはの」
と、銀の髪をくしゃりとかき上げながら苦笑い。
うまくいったのは運が良かっただけかもしれないけど、それでもいいんだ。
結果オーライだよ、なんてことを思いながら、
「ペテン師にはペテンで対抗しないとね!」
と笑って見せたあたしは、仁王に向かって腕を伸ばした。
仁王はその腕の間を通り、あたしの体を抱きしめる。
あたしもまた仁王を抱きしめながら、自分の素直な想いを口にした。
「好きだよ、仁王」
「俺も…好いとうよ、可那子」
仁王も想いを返してくれる。
つらかった気持ちがすっと消えていく。
玉砕覚悟のペテンの仕上げは上々だったみたい。
もう本当の気持ち、隠さなくていいんだね。
好きな人に好きって言えるのって嬉しいね。
だけどやっぱり、ペテンはペテン師に任せておこう。
そんなことを思いながらあたしは、腕の中の愛しい人の存在を確かめるように、その銀の髪をゆっくりとなでた。
→おまけ。