同じじゃなくていい
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可那子の元から逃げ帰って数日、イヅルはただ黙々と隊務をこなしていた。
「会いに行かねえのか?可那子ちゃんとこ」
そんなある日、執務室でぼんやりしていると突然声が響いた。
イヅルの体がびくっと震える。
声の主は修兵だった。
「どうして、それを…」
「分からねえわけねえだろ」
動揺を隠せないイヅルに、修兵はため息混じりに言う。
「まあ仕方ねえか。可那子ちゃんに、何より自分自身に向き合うことから逃げて来たお前には、彼女に合わす顔がねえよな」
「…っ」
修兵の辛辣な言葉にイヅルはただ俯くことしかできない。
「言い返せねえか?だったら開き直れよ。お前、つぐみにベタ惚れだったじゃねえか。あれだけ似てるんだ、充分身代りに…」
「違う!僕は…!」
しかし続いた容赦のない言葉に、イヅルはそれを遮るように声を上げた。
そしてすぐに先輩に対して声を荒げたことに気付き
「すみません、けれど僕は…」
と、目を逸らした。
「言ってみろよ。言い訳くらい聞いてやるからよ」
修兵に促され、イヅルはゆっくりと口を開いた。
「…正直、初めは…二人を比べたり、違いを探したりしてました…。同じ部分を見つけて安心したり、違う部分を見つけてやっぱりつぐみはもういないんだと確かめたり…」
呟くように話すイヅルの表情は、自嘲気味に歪む。
「でもいつからか、そんなこと考えもしなくなって…本当はとっくに可那子を可那子としてしか見てないことに…気付いてたんです…」
「だったら何の問題もねえだろ」
修兵が言うと、イヅルは首を横に振った。
「僕は、可那子を傷付けました…。それに、僕がつぐみを忘れたら…」
「つぐみが悲しむ…か?」
修兵の言葉にイヅルは俯いた。
しかし、修兵の口から続いた言葉に驚いて顔を上げる。
「『あたしが死んだら、あたしのことなんかさっさと忘れて、次の恋してね――』」
修兵は小さく息を吐いた。
「お前に言うと怒られるからって、俺だけに残したつぐみの遺言だ。これも…つぐみの気持ちも、無駄にする気か?」
イヅルは再びこうべを垂れた。
「なあ、聞かせろよ。お前の、本当の気持ちをさ」
修兵が殊の外柔らかい口調で言う。
それは恐らく、聞かなくても分かっていたから。
そしてイヅルもまた、その想いを裏切らなかった。
「…僕は、可那子を愛しています。誰の代わりでもなく…これからも可那子自身を愛していくと思います…」
「――だとよ。ちゃんと聞いたか?」
「え?」
それを聞いた修兵は、戸口を振り返った。
その陰からおずおずと姿を現したのは、可那子だった。
「可那子、どうして…」
「ごめんなさい、イヅル様…でもどうしてもイヅル様に会いたくて…」
可那子は申し訳なさそうに俯く。
「白道門の前で会ったんだ。薄々知ってはいたが、吉良の様子から正直もう終わったもんだと思ってたんだがな」
代わりに修兵が口を開き、可那子をイヅルの前まで進ませる。
「悪いが話は聞かせてもらった。しかし…女ひとりでここまで来るってのは並大抵じゃできねえぞ?」
「……」
イヅルが何も言えないでいると、可那子が遠慮がちに口を開く。
「つぐみさんはすごいです…私には、言えません…」
その顔には哀しげな笑みが浮かぶ。
イヅルは自分を恥じた。
何よりも可那子が大切で…自分が可那子を護ると誓ったのに。
可那子は全て分かって全て赦して尚、自分を愛してくれているのに。
自分からは何ひとつ気持ちを伝えずにいたことを。
「言わなくていいんだ。同じじゃなくていいんだから…」
イヅルは首を横に振り、静かに口を開いた。
「同じじゃ、なくていい…」
可那子がイヅルを見る。
「ごめん…そう思わせたのは、僕だね。でももう大丈夫。可那子は、可那子のままでいいんだ。そのままの君を、僕は愛してるんだから…」
「イヅル、様…」
イヅルの言葉に、可那子の瞳には涙がにじむ。
イヅルは可那子を優しく抱きしめ、そして可那子もまたその背にそっと腕を回し、安心したように瞳を閉じた――…。
やれやれ…と息をつき、優しく笑んだ修兵は静かにその場を離れた。
向かったのは、久しぶりに訪れるつぐみの墓。
「よかったな、つぐみ。お前の願い、叶ったみたいだぜ…」
修兵は穏やかに語りかける。
ねえお兄ちゃん、あたしね…イヅルにだけは、幸せになってほしいんだ…。
それがあたしの、最後の願いなの――…。
(12,5,10)
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