⑫
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その言葉にグリムジョーはがばっと体を起こし、まだ癒えていない傷の痛みに顔をしかめた。
「まだダメだよ!傷が全然治ってないんだから!」
「うるせえ!言え、あいつは今…どこにいる」
慌ててグリムジョーを押さえようとするふたりを振り払うように、グリムジョーは傷だらけのその体に死覇装を羽織る。
その時だった。
「落ち着きなよ、グリムジョー」
部屋の入り口から声が響く。
「アパッチ…」
意外な声の主を見たグリムジョーが声を発するより早く、ふたりがほっとしたようにその名を呼んだ。
「だから言ったろ?こいつはあんたたちの言うことなんて聞きゃしないってさ」
呆れたように言ったのは、グリムジョーと同じ十刃のティア・ハリベルの従属官、エミルー・アパッチだった。
「…なんでてめえがここにいる」
ようやく威嚇するように言葉を発したグリムジョーを見ながら、アパッチは
「情けないね、グリムジョー。たかだか人間の女ひとりのために取り乱しちゃってさ」
ふん、と笑う。
「何だと?」
グリムジョーの霊圧が僅かに上がる。
しかしアパッチはそんなものは意にも介さず、
「ま、せいぜい頑張りなよ」
手をひらりと振るとその場から去って行った。
「何なんだ、あいつは」
出鼻をくじかれたグリムジョーがため息をつきソファにどさりと腰掛けると、
「アパッチはグリムジョーを励ましに来てくれたんだよ」
と、蘭丸が小さく笑む。
「はっ、アイツがそんなタマかよ」
背もたれから体を起こしたグリムジョーがそれを鼻で笑い悪態をつくが、
「ううん、アパッチはグリムジョーの気持ちが分かるはずなんだ。アパッチにも、命に代えても護りたい人がいたからね…」
蘭丸がそう答えると、
「…ふん」
と、再び背もたれに体を預け、目を閉じた。
そこで桜介は、話題を戻すべくグリムジョーに問いかける。
「ねえグリムジョー、藍染様は可那子の消えた原因をなんて?」
可那子が消え現世侵攻が始まる少し前、藍染に呼び出されたグリムジョーがそこで聞かされた話があった。
忌々しそうに表情を歪めながら、グリムジョーはそれをふたりに話して聞かせる。
可那子の霊圧は藍染が思っていたより遥かに強かったらしい。
そしてそれこそが可那子の消えた原因だったと藍染は言った。
崩玉の力を借りるのではなく、同調しようとした。
そのため通常よりも大きな力が産み出され、結果彼女はその力に押し潰されてしまったのだろうと。
それを聞いた桜介と蘭丸は、
「そっか…その最後の結論を、藍染様は間違ってしまったんだね」
と笑みを浮かべた。
「間違い…?」
「そう。普段より大きな力を得た可那子は、色んな段階を飛ばして破面になったんだ」
人間としての生を断ち、魂魄となり、虚となる。
その過程を丸ごと飛ばしてしまったため、グリムジョーはもちろん藍染ですらその霊圧の変化を追えなかったんだと、訝しげに問い返すグリムジョーに桜介が答えた。
「…言いたいことは分かった、が」
グリムジョーは静かに言った後
「…なんでお前らには分かる?」
と、もう一つ問いを重ねた。
「ぼくたちは、ふたりだから。それに…」
その問いに蘭丸がそう答え、
「ぼくたちはおそらく、可那子の力から産まれた破面だから…」
と、桜介が蘭丸に続く。
「何…だと?」
グリムジョーが信じられないといった表情を浮かべたが、
「だからぼくたち、可那子の気持ちは手に取るよう分かった。可那子がどれほどグリムジョーを愛していたか…ってこともね」
そう言いながら小さく笑うふたりを見て僅かに目を細めた。
しかしその後ふたりは、申し訳なさそうに言葉を続ける。
「だから、あの時可那子が本当に消滅していたなら…ぼくたちも消えていたと思うんだ。だけどそうじゃないって確信も持てなかったから…言えなかった。ごめんなさい、ぬか喜びさせたくなくて…」
グリムジョーは静かにふたりの声を聴いていた。
「でも、ぼくらも始めは見失ったんだ。可那子の霊圧を感じ取れなくなってしまって…だから、余計に言えなくて…」
言い訳だね、ごめん…と、最後は消え入りそうな声になる。
「…いや」
グリムジョーが小さく呟くが、
「ただ…生きてるのにここに戻って来ないってことは、可那子は記憶を失った可能性が大きくて…」
桜介はうつむき、ますます言いにくそうに続けた。
すると、それまで口を挟まなかったグリムジョーが
「帰ってこれねえなら、連れ戻しに行くだけだ」
言いながら立ち上がり、
「でも、そんな体じゃ…」
「うるせえ。生憎あれは俺のもんでな。無くしたままほっとくわけにはいかねえんだよ」
グリムジョーの体を気遣うふたりに向かってにやりと笑うと
「お前たちにももう少し働いてもらうがな」
と、その小さな体を抱き上げた。
あまりにも遠すぎて、虚夜宮では可那子の霊圧はふたりにも僅かにしか感じ取れない。
グリムジョーはふたりを抱えたまま、ふたりが可那子の霊圧を感じる方向へ響転を使い移動する。
進んだ距離が分からなくなりそうな辺りで、桜介がグリムジョーに問いかけた。
「もう分かると思うんだ、可那子の霊圧。ほんの少しだけど…人間だった頃の名残…感じるでしょ?」
グリムジョーは順番にふたりを見た後、瞳を伏せる。
「…こいつか」
ふたりに似た、優しくて強い霊圧。
その中でも研ぎ澄まされた探査神経に僅かに引っかかるそれは、確かに人間だった頃の可那子の霊圧…。
「行って、グリムジョー」
ふたりはグリムジョーの腕から飛び降りた。
「ぼくたちは虚夜宮で待ってるから…」
そしてグリムジョーを見上げながら、声を揃える。
「絶対ふたりで…帰ってきて」
「…ああ」
短く答えたグリムジョーの姿は、直後、砂煙を残して掻き消えた。
手を繋ぎ祈るような気持ちで遠ざかる霊圧を見送っていたふたりは、やがてその祈りを必ず帰ってくるという確信に変えた。
そしてお互いの手を強く握りしめ、その幸せな場所への道をゆっくりと進み出した――。