約束のキス
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すべての真実が詰まったスマートフォンを八神に託した、その直後だった。
張り詰めていた糸がぷつりと切れたように、杉浦の身体が傾く。
「杉浦!」
「杉浦!?」
「文也っ!!」
そこに混ざる、ここにはいないはずの人物の声。
「可那子ちゃん!? なんでここに…」
その声の正体に気付いた海藤の驚いた声が響く。
そこに立っていたのは、杉浦の恋人である可那子だった。
杉浦たちが神室町へ向かったあと、街の空気がざわめき出したのを肌で感じ取った彼女は、じっとしてはいられなかった。
とっさにバイクにまたがり、けたたましいサイレンを鳴らすパトカーの列を追って、この創薬センターまで辿り着いたのだった。
「文也…!文也、しっかりして…!」
可那子は八神に支えられぐったりとしている杉浦へ駆け寄ると、その頬に手を添えた。
冷たい。血の気が引いて、顔色が紙のように白い。
「すぐに搬送を! ここじゃ処置できない!」
駆け寄ってきた警官が叫ぶ。
けれど救急車を待っている時間はない。
パトカーに乗せ、途中で救急隊と合流することになった。
「あたしも一緒に行かせてください!」
可那子は杉浦を支えながら、八神を真っ直ぐに見つめた。
「八神さん、バイクお願いしてもいい?」
「まかせろ。杉浦のこと、頼むな」
八神の力強い言葉に可那子は深く頷き、バイクのキーを放った。
***
「文也…」
走り出したパトカーの後部座席。
可那子は杉浦の頭を膝に乗せ、額に滲む脂汗を袖口でそっと拭った。
呼吸が浅い。震える指先で彼の頬を撫でる。
「お願い、死なないで…」
祈るような声が、杉浦の意識を浮上させた。
うっすらと目を開けると、涙を溜めた可那子の瞳が揺れている。
「大丈夫…まだ、死ねないよ…」
苦痛に顔をしかめながらも、杉浦は可那子の手に自分の手を重ねた。
弱々しいけれど、可那子を安心させるための精一杯の笑顔。
(よかった、意識がある…)
可那子がふっと息を吐き、安堵したその時だった。
「あ、でも…」
杉浦が何かを思いついたように呟く。
「キス、してくれたらもっと元気出るかも…」
「え!?」
可那子は素っ頓狂な声を上げ、慌てて運転席を見た。
ハンドルを握る若い警官は、背筋を伸ばし、微動だにせず前を見据えている。
その背中からは『何も聞こえていません、自分は空気です』という必死の気配が漂っていた。
(絶対聞こえてる…!)
恥ずかしさで顔が熱くなる。
けれど観念したように息をつくと、真剣な眼差しで杉浦に向き直った。
「…絶対?」
それは、キスをすれば絶対に助かるかという命の確認。
本当のところ、「絶対」なんてないことは分かっているけれど。
それでも杉浦は、血の気の引いた唇の端をくいと上げ、いつもの彼らしく笑ってみせた。
「…うん、絶対」
「約束、だからね?」
可那子は小さくそう呟いて、もう一度「うん」と答えたその唇に、そっと自分の唇を重ねた。
それはパトカーのサイレンにかき消された、ふたりだけの秘密の契約。
***
その後、杉浦は病院で緊急手術を受け、しばらくの入院生活は免れそうにないが、それでも後は回復を待つばかりとなった。
しかし、あのパトカーの中での出来事が、まさかあんなふうに広まるとは。
運転していた真面目な警官から、報告を受けた泉田検事へ。
そこから真冬へ伝わり、八神へ。
そして当然のように、海藤と東の耳へ。
「よっ!パトカーの中でもアツアツだったんだって?」
「元気が出るおまじない、俺にも教えてくれよ」
お見舞いに来るたびにニヤニヤとからかわれることになる未来を、その時のふたりはまだ知るよしもないのだった。
(おわり)
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