変わる関係
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可那子は幼い頃体の弱い真斗の話し相手兼お世話係として施設から引き取られ、真斗ときょうだい同然に育てられた。
成長していくにつれ極道の生き方というものを嫌悪し始めた真斗とは次第に疎遠になってしまったが、就職し独り立ちした後も荒川組の面々とは相変わらず良好な関係を保っていた。
そんなある日可那子は同僚との夕飯を楽しんだ後どこかで少し飲もうかとひとり神室町に出向き、そこで見知った顔を発見して声をかけた。
「イチくん!久しぶり!」
「おう可那子ちゃん!先週ぶりか?」
「あれ、そんなもんだっけ」
「いや、2週間ぶりくらいか」
「いい加減!でもそんなもんかな、別に久しぶりでもない感じ?」
「まあそうとも言うかもな」
荒川組若衆の春日一番。
年が近かったこともあり、一番が荒川組にやって来てすぐに打ち解け、そして仲良くなるのにも時間はかからなかった。
「兄貴何して…って、あ、可那子さんこんばんは」
軽口を叩き合っていると、先を歩いていたらしい光雄が急かす様子で戻ってくる。
「こんばんはミツくん、ごめんシノギかなんかの最中だった?」
光雄の様子を察して問うと、おう、やべえそうだったと一番も慌て出す。
「すまねえ可那子ちゃん、また今度」
「ううんこっちこそ邪魔してごめん、今度また飲みに行こ。頑張ってね!」
「…っとそうだ」
すると手を振り見送ろうとしていた背中が何かを思い出した様子で振り返る。
「俺らは大したことないんだけどよ、ここんとこ親っさんが忙しそうなんだよ。事務所に缶詰でろくに寝てねえみたいだし」
「真澄さんが?」
「でも俺らがなんか言っても大丈夫、しか言わねえし、だから可那子ちゃんさ、良かったらちょっと顔出してみてくんねえか」
「私が?」
「ああ、可那子ちゃんの言うことなら、」
「兄貴!」
「おう、今行く!じゃあ悪いけどちょっと頼むな」
言うだけ言って去って行く一番の背を今度こそ見送りながら、そういえば最近顔見てないなと真澄の優しい笑みを思い出しながら可那子は考える。
ろくに寝ていないみたいだという一番の言葉も気になったし、時刻は21時を回った所だったが誰かしらは残っているだろうと、数人で飲めるようボトルやビール、つまみなどを買い込んで荒川組事務所に向かったのだった。
***
予想に反して事務所は真っ暗だったが、わずかに光が漏れているのはおそらく組長室。
「お邪魔、しますよ…」
小さく言いながら事務所に足を踏み入れ、組長室のドアをノックした。
「…誰だ」
警戒を含む声が届くが、当然のことと気にせずドアを開ける。
「こんばんは、真澄さん」
「可那子か、どうしたこんな時間に」
訪問者の正体を知った部屋の主はすぐに警戒を解く。
やわらかな笑みを浮かべ可那子を迎え入れてくれたこの男こそ、荒川組組長の荒川真澄だった。
「ちょっと、やりませんか」
可那子は手に持った袋を掲げて見せただけだった。
しかしそれだけで可那子がここに来た理由を察した真澄は、その提案に乗ることにした。
勝手知ったる事務所の小さなキッチンで軽く準備をし、まずはビールの缶を軽くぶつけ合う。
すぐさまふたり同タイミングで1本を空にすれば、相変わらずいい飲みっぷりだと真澄が笑い、荒川組に鍛えられたんですよと可那子は胸を張った。
真斗とは疎遠になってしまっているが可那子にとっては兄のようでも弟のようでもあり、お世話係といえども真斗と何ら分け隔てなく育ててくれた真澄には今も感謝してもしきれない。
可那子はまずしばらく訊ねていなかった間の報告をし、真澄は穏やかな笑みを浮かべてそれを聞いていた。
そしてそれが済み少しの沈黙の後、すまねえなとぽつりと呟く。
「え?」
「イチか?」
「…はい」
短い問いの意味をくみ取り、可那子は頷いた。
「お前にまで気を遣わせちまって悪かった」
「そんなこと言わないでください!私も最近全然顔出せてなかったし、だから本当に…、っと、氷取ってきますね」
申し訳なさそうな真澄に恐縮しつつ返しながら、可那子は立ち上がった。
すると真澄は氷を手に戻ってきた可那子の腕を捕まえ自分の隣に座らせた。
「行ったことないですけど、キャバクラみたいですね」
さして驚く様子も見せず、可那子はそう言っていたずらっぽく笑う。
「それにしてもやっぱり顔色あまり良くないですよ?イチくんたちもほんとに心配してましたし…少しは休んでくださいね?」
言いながら水割りを作る可那子に
「ああ、分かっちゃいるんだがそういうわけにもいかなくてな」
真澄は困ったように答える。
「何か私にもできることがあればいいんですけどね」
当然できることなどあるはずがないと分かっていつつも口をついて出てしまった言葉に、しかし真澄はある、と小さく答えた。
「え、なんですか!?私にできることなら何でも…って、ままま真澄さん!?」
真澄の役に立てるかもしれないと嬉しそうに真澄を見た可那子の体は、次の瞬間真澄の胸に抱きしめられていた。
「…そばに、いてくれ」
あまりにも突然すぎる真澄の行動に動揺する可那子。
その耳もとに届いた真澄の声。
「真澄、さん…?」
しかしそれ以上何も言わない真澄に可那子は小さく問いかけた。
「そんなこと、私に頼んでいいんですか…?」
可那子を抱きしめる真澄の腕に少し力が込められる。
「こんなこと…お前にしか、頼めねえよ」
「――…っ、」
瞬間、可那子の中で何かがはじけた。
それはきっと、施設から自分を引き取り親代わりとして育ててくれた真澄に対し抱いてはいけないと無意識に抑え込んできた想い。
可那子はその大きな背中にそっと腕を回し、分かりました、と答えた。
***
しばらく抱き合っていると、真澄の腕から力が抜けたのが感じられた。
可那子も腕を緩めると、その頬を真澄の手が滑る。
可那子はその手を捕まえ、トレードマークのひとつでもある革手袋の指先を無言で引っ張った。
決して人前では外さないそれは、しかし真澄が抗うことをしなかったためするりとその手を離れた。
可那子がテーブルにそれを置いている間に真澄自身がもう片方を外し、テーブルの片割れに重ねる。
改めて可那子の頬に触れる真澄。
ひやりとした革の感触より、やはり血の通った温かさが嬉しくてふふ、と笑う可那子。
その笑みを愛おしそうに見つめ、真澄は静かに唇を重ねた。
少しずつ深く口づけながらその体をそっとソファに押し倒す。
いいのか、とは訊かなかった。
真澄を見つめる瞳、表情から、あふれる想いが見て取れたから。
ふ、と優しく笑んだ真澄は、身を屈め可那子の腰に腕を回しながら、その首もとに顔を埋めた――。
***
自分の胸にぐったりともたれる可那子を優しく抱きしめ、髪をなでながら真澄は考えていた。
あまりかまってやれない自分の代わりに、真斗の世話係として施設から引き取った可那子。
真斗とはきょうだいのように育ててきたつもりだったが、こちらの一方的な都合でヤクザの世界に連れてきてしまったことには、施設にいた方が幸せだったのでは…と罪悪感に似た思いを感じることもあった。
その後真斗が荒川組を離れ、可那子の役目も自然と終わった。
しかし真澄は真斗の世話係としての役目について可那子には直接何も言わなかった。
可那子もまた特に変わりなく荒川組に顔を出したり、年の近い一番や光雄とは飲みに行ったりもしているようで、真澄はそのことに安堵し嬉しくも思っていた。
ああ、と真澄は気付く。
娘同然だったはずの存在は自分の中でこんなにも大きくなっていたのかと。
そうだ、俺はいつの間にかこれほどまでに――…
ふ、と小さく笑った真澄を可那子が見上げると、真澄はその唇にひとつ口づけを落とした。
娘同然に育てた可那子に、本当の父親のように慕った真澄に、いつの間にか抱いてしまった想い。
お互い葛藤はあったはずだった。
それもで通い合ってしまった心に抗うことはもうできない。
そう、今ふたりに必要なのは、お互いを想う言葉だけ。
「愛してる」
やわらかな笑みと共に伝えられる想い。
きゅ、と抱きつき可那子もそれに応える。
「私も、愛しています――…」
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