恋ってそんなに悪くない
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「気が付いたかい?」
見覚えのある天井をぼんやり眺めていたら、聞き覚えのある声が降ってきた。
「幸村…」
声の主をみとめて体を起こそうとしたあたしを、幸村は手で制す。
「軽い暑気中りと貧血。ちゃんと水分摂れって言っておいたはずだよね?」
「…ごめん」
呆れたように言う幸村に返す言葉も見つからなくて、あたしは小さく謝った。
「でも具合悪いのに気付けなかったのは、俺の責任。ごめん」
「ううん、あたしが悪いの。幸村は謝らないで」
その後申し訳なさそうに幸村が言うから、あたしは慌てて体を起こした。
その拍子に落ちそうになったタオルをキャッチしてから、
「とにかく、もうしばらく休んだら今日はもう帰るといい。今蓮二が荷物を取りに行ってるから」
幸村はそう言って立ち上がった。
「…柳が?」
問いかけたあたしに、ああ忘れてた、と幸村は付け加えた。
「蓮二なんだよ。倒れてる可那子を見つけてここまで運んだの」
「…うそ」
その事実に驚いて、
「これからは気を付けるんだよ、君は俺たちの大事なマネージャーなんだからね」
なんて珍しく幸村がかけてくれた優しい言葉を、あたしは聞き逃すことになってしまった。
もうすぐ柳がここに来る。
幸村はもういない。
逃げ出したいと思った。
だってあたしは今も――…柳のこと、好きだったから。
その時、保健室のドアが静かに開いた。
幸村の言葉通り、そこにいたのはあたしの荷物を持った柳だった。
「もう大丈夫なのか」
「うん。…運んでくれたの、柳なんだってね。ごめんね、ありがとう」
心配そうな声音の柳に、申し訳ない気持ちであたしは答えた。
「荷物もありがと。もう少し休んだら帰るから、そこらへんに置いといてくれる?」
だけどその後、そう言ったあたしに
「いや、送って行くから帰れそうなら支度して声をかけてくれ」
柳はそう答えて、あたしのベッドの足もとに荷物を置いてカーテンを閉めた。
見慣れない紙袋には制服が丁寧にたたまれて入っていて、なんだか少し恥ずかしい…。
って、そんなこと考えてる場合じゃなくて。
「待って柳!あたしひとりで帰れるから…っ!」
閉められたばかりのカーテンを慌てて開けたら柳が思ったより近くにいて、あたしはそれに焦ってバランスを崩してしまった。
だけどそれを支えてくれた柳はあたしがまだ本調子じゃないと思ったらしく、
「駄目だ。こんな状態でひとりで帰らせるわけにはいかない」
少し厳しい口調でそう言って、ベッドの横の椅子に腰かけた。
「…お前が」
その後訪れた沈黙を破ったのは、柳だった。
「お前が倒れてるのを見た時は、心臓が止まるかと思った。頼むから、あまり無理をするな…」
さっきとは打って変わったやわらかな口調、だけどどこか苦しげに言った柳の表情は真剣そのもので。
「…っ」
――苦しい。
胸が締めつけられる…!
「あたしの気持ち知ってるくせに…そんな言葉かけないで!」
言うつもりのない言葉が口をついて出てしまう…!
「可那子…?」
「何ごともなかったように過ごしてきたけど…本当はつらかったんだよ?…ふたりきりになるのなんて…特にね」
その時、柳の表情が驚きに変わった。
「気持ちは…変わっていないというのか?」
少なからず動揺してるように見える柳に、あたしは答える。
「そう。あんたの言葉を借りて言うなら、あたしの気持ちは1%も変わってない。今も100%…」
そのあたしの言葉を柳が遮った。
「0%だ。あの日より…もっと前から」
「え?」
「…お前は、不正解だったんだ」
絞り出された言葉の意味をあたしはすぐに理解できなくて。
あたしが正解と言われたのは、柳があたしを好きじゃないという確率。
100%というのは不正解で…本当は0%…?
頭の中でぐるぐると考える。
「お前が倒れてるのを見た時、お前だけは失いたくないと――やはりもうどうしようもなく…抑えようがない、と思った」
そんなあたしをよそに、柳は独り言のように呟いた。
「だが、今は好きでも先は分からない。怖かったんだ。俺は…恋というもの自体に臆病だった…」
すまない、と消え入りそうな声で言って柳はうつむいた。
――…そうだ。
柳は、そう。
いつも冷静で、時に残酷で。
けれど驚くほど…脆い。
「ちゃんと教えて?柳…」
あたしは手を伸ばして、柳の頬にそっと触れた。
「柳は…あたしを?」
顔を上げた柳は、そのあたしの手を握り、答えてくれた。
「…好きだ。――愛している、と言ってもいい」
「柳…」
泣くつもりなんかなかったのに、涙が溢れた。
泣きながらもう片方の手も伸ばしたら、柳も腕を伸ばしてあたしを優しく抱き寄せてくれた。
「蓮二、と…お前には名を呼んでほしいのだが…」
耳もとで囁かれる。
…蓮二。
夢の中では何度呼んだか分からない、大好きな人の名前。
呼んでいいんだ。
「うん、蓮二…」
あたしも蓮二の体をきゅっと抱きしめる。
体に伝わる、蓮二の心臓の音。
それを心地よく感じながら、あたしはそっと目を閉じた。
ねえ蓮二、気付いてる?
あたしは、あんたがあたしを好きじゃないって分かっててもずっと好きだったよ。
蓮二もそうだったんだよね。
あたしがまだ好きって言った時驚いたってことは、あたしの気持ちはもうあんたにはないって思ってたんでしょ?
でもずっと好きで…愛してくれていた。
だから蓮二、あたしが教えてあげるよ。
あんたが思うほど――…恋は悪くないってことを。
(21,1,2)
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