今はただそれだけで
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台所で食事の支度をしていると、玄関の方で物音がした。
そろそろ帰る時間かと気付いた可那子は、コンロの火を止めて玄関に向かう。
「お帰りなさい、ライナー」
その感覚は間違っておらず、そこに立つ恋人の名を可那子は口にした。
しかしライナーはそれには答えず、うつむいたままドアの前で立ち尽くす。
「ライナー?どうか、…っ!」
心配そうに近付いた可那子を、ライナーは息が止まるほどに強く抱きしめた。
「…ライ、ナー…」
苦しい、とは言えなかった。
直前のライナーの表情を見てしまったから。
戦争が激化してくるにつれ、考え込むことが多くなったライナー。
その姿は本当に苦しそうで、どこか痛々しくさえあった。
眠れない夜も多いようで、それも心配だった。
吐き出したくなったら何でも聞くからね、そう言った可那子にありがとな、とライナーは答えたが、そんな日は一向に来なかったのだった。
可那子はゆっくりとその背に腕を回した。
それに気付いたライナーが腕の力を抜くと、肺の中に酸素が流れ込む。
可那子をソファに座らせながら悪かった、と呟くライナーに可那子は訊ねた。
「何があったか…聞いても、いい?」
「俺はもう、消えた方がいいんじゃないかと思って」
「え…?」
沈黙のあと吐き出すように紡がれた言葉に嫌な予感しかしない。
「ガビに鎧を渡してやることはできなくなってしまうが…」
「――…っ!!」
その言葉を聞いた可那子はライナーが何をしようとしたのかを察し、立ち上がって彼に向かい合った。
その表情には怒りがにじみ、なんでそんなバカなこと、と叫びそうになる。
「だが、できなかった」
ライナーは立ち上がった可那子にすがり付くように腕を回した。
「あいつらがいる、そう思ったら…どうしてもできなかった…」
それを聞いた可那子はそっと安堵の息を吐いたあと、わざと拗ねたような表情でライナーの顔を覗き込んだ。
「そこは嘘でも私がいるからって言ってほしかったよ」
そう言われたライナーはふと考える。
――までもなくひとつの結論に達し、ふっと笑った。
『可那子がいなかったら、まず俺がいない』
そう素直に思えるほど、彼女は自分の一部だった。
口に出されたそれを聞いた可那子は驚きに目を瞠る。
「ライナーからそんな言葉が聞けるなんて…」
「なんだよ、それ」
「不器用なの知ってるから、ちょっと意地悪言っちゃったかなと思ったの。…すごく、嬉しい」
照れくさそうに目線を逸らすライナーに、可那子はそう言って笑って見せた。
「でもそんなライナーだから好きになったの。不器用で、熱くて、誰よりも優しい」
「買いかぶりすぎだ」
俯いて首を振るライナーの言葉を、そんなことない、と否定して可那子は続ける。
「愛してるよ、ライナー…今までも、今も――…これからも、
「――…っ、」
ライナーは可那子を強く抱きしめた。
「今さらで、ごめん」
「ううん」
「遅くなって、ごめん」
「…ううん」
「愛してる、可那子…」
こと恋愛に関しては過ぎるくらい不器用なライナーの、初めての愛の言葉。
可那子の瞳からはらはらと涙がこぼれる。
それに気付いたライナーが慌てて体を離しそれを拭うが、その表情は笑顔だった。
「やっと、聞けた…」
そう言って嬉しそうに笑う可那子を、ライナーはもう一度その胸に強く抱きしめる。
今この瞬間はこれでいいんだと素直に思えた。
そう――…この先どんな運命が、ふたりを待っていようとも。
(19,7,2)
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