気丈なあの子が涙するとき
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夕方近くなり、飯でも食いに行くかと弟分たちを連れて東は組事務所を出た。
しかし少し歩いたところでチャンピオン街に入って行く見知った顔を見て、ふとその足を止める。
「兄貴?」
「悪い、野暮用だ。お前らこれで飯食っていいが、羽目外しすぎんなよ」
弟分に自分のカードを渡し、ありがとうございますお疲れ様でしたの声を背中で聞きながら、東はチャンピオン街へ足を向けた。
入ってすぐにその姿を見つけ、足早に追いかける。
「よう、どうしたこんな所で」
「っ、東さん…」
声をかけられ振り返ったのは、東とはもう長い付き合いになる可那子だった。
松金組の組員とも物怖じせず付き合う裏表のない性格の可那子は、極道などという裏しかない世界に生きる男たちにとっては癒しとも言える存在だった。
しかし今東に向けられた笑顔はどこか憂いを含み、曇っているように見える。
「なんだよ元気ねえな、何かあったか?」
「んー…うんまあ、ね。だからちょっと飲みにでも行こうかなと」
やはりいつもと違い、どこか歯切れ悪く答える可那子。
「だったらバンタムとかにしとけよ、ここらは女ひとりで飲むような場所じゃ…」
そこまで言って言葉を切り、東は少し何か考えてから続けた。
「つーか話聞いてやるから、とにかく場所変えるぞ」
ポッポで買い物をし、東は可那子をとあるビルの屋上に連れてきた。
置かれたベンチに座り、ほら、と渡された缶ビールをお礼を言って受け取った可那子はいただきます、とひと息に半分ほど飲む。
そのまますぐに全部飲み干し息をつくと、相変わらずいい飲みっぷりだなと東が笑った。
「失恋、したんだよね」
空になった缶を弄びながら可那子がぽつりと言う。
時には相談を受けたりもしていたから、可那子に恋人がいることは知っていた。
幸せそうに話す可那子を知っている東は少し意外に思いながら可那子を見るが、その表情からまだ何か言葉を探している様子が窺えたため口は開かなかった。
「女だってその人を守りたい、強くなりたいんだよ。なのに可愛いげがない…あげくお前は強いから大丈夫だろって、意味が分からない」
その言葉が全てだった。
「なんだよ、それこそ可愛いげのあるいい女じゃねぇか」
もったいねえなと思いながら東が言うと、でしょ!?と可那子が食いつく。
しかし東はそれをけどな、と遮る。
「今はそれは置いとけよ」
言いながら可那子の手からだいぶ形の変わった空き缶を取り上げ、そして可那子の頭を抱えるように抱き寄せた。
「東、さん…?」
「こういう時はとりあえず泣いとけ」
可那子の肩がぴくりと震える。
「強くなりてぇって気持ちは悪くねぇ、だがそれは常に強くあれってわけじゃねぇよ。つらい時は泣いていい、我慢すんな」
「…っ、」
東の言葉を受けて、可那子の瞳からぼろぼろと涙がこぼれ落ちた。
「そうだ、泣け泣け。泣いて全部吐き出して捨てちまえよ、そんな奴」
そして言いながら頭をぽんぽんされ、ふええ、と子供のように可那子は泣き出した。
堰を切ったようにあふれて止まらない涙は、誰かにそう言ってほしかったという可那子の気持ちを物語っているようだった。
東は可那子が落ち着くまで何も言わずただ優しく頭をなでてやっていた。
その後ミネラルウォーターでハンカチを濡らし、泣きはらした目に当ててやる。
「あー東さん優しいー…」
それでじっと目を冷やしながら可那子は、独り言のように呟いた。
「私、東さんのこと好きになればよかったなー」
「今からでも遅くねえだろ?」
「――…、え?」
何を言われたのか、理解するのに少し時間がかかった。
しかし顔を上げると同時に東はさて、と立ち上がる。
「どうだ、少しはすっきりしたか?」
「…うん、もう大丈夫。ありがと、東さんがいてくれて良かった」
そう答えた可那子の顔をちらりと見てそうか、と呟いた東は
「よし、じゃあ今日はもう帰って風呂入って寝ちまえ。んな顔で歩いてると誰に絡まれるか分かったもんじゃねえし、送ってやるから」
そう言って備え付けられたゴミ箱にゴミを放り込む。
そのまま歩き出す東にさっきのはどういう意味かと訊くことはもうできなかった。
うん、と小さく答えて可那子は、その背中を追いかけた。
気丈なあの子が涙するとき
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