見てないようでちゃんと見てる
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目覚めた時、持ち上げた頭が鈍く痛んだ。
熱があるということは計らなくても分かり、同時にこの熱の原因にも容易に思い当たった。
昨日は土砂降りの雨だった。
さしもの神室町でもこんな日は行き交う人も少なくて、退屈な夜だった。
深夜近くなっても雨足は衰えず、しかし突然、そんな雨の音にも負けない怒号が響いた。
私が働いているお店、ポッポ七福通り東店の目の前で。
何事かと外に出ようとすると同時にお店に飛び込んできたお客さんが、ヤクザ同士のケンカだと教えてくれた。
今は外に出ない方がいいと言われガラス越しに目を凝らすと、よくお店を利用してくれている組員さんの顔が見えたことから片方は松金組の人だということが分かった。
――ガッシャーン!!
「きゃああっ!!」
直後、殴り飛ばされたらしい誰かがお店のガラスを砕いた。
「ケンゴくんっ!」
そこに倒れているのが松金組の見知った顔――ケンゴくんだと気付いて、私は気を取り直しガーゼやティッシュ、消毒液なんかを手に駆け寄る。
なんでも若衆同士の小競り合いだったらしく喧嘩両成敗で終わったらしいけれど、組の上の人に力いっぱい叱られて、すんません兄貴…とケンゴくんは小さくなっていた。
兄貴――東さん。
最近ようやく名前を知った、だけどいつもタバコを買いに来てくれる常連さん。
この大雨にも負けない勢いでケンゴくんを叱り飛ばし、大きくため息をついてから私の方に向き直る。
お店の軒下で、軽くではあるけれどできるだけの手当てはしてあげられたと思う。
その後片付けをしていた私に向けて悪いな、と差し出された東さんの手にはお金が握られていた。
松金組さんだけの責任ではないとはいえ割ってしまったガラスの弁償代かと思い、それでしたら店長にと言いかけた時、東さんはいや、と首を振った。
「この消毒液とか全部買い取る。これで足りるか?」
焦っていたこともあって、店長にこれ買いますお釣りはいりませんって言ってたのが聞こえていたんだろうか。
自分が勝手にやったことだから受け取れませんと固辞したけれど、そういうわけにはいかねえと東さんも引き下がってくれない。
血の止まらない鼻を押さえながら俺が払います、と起き上がろうとするケンゴくんにお前はまだ転がっとけと一喝し、もう一度私に向き直って差し出される東さんの手。
口は悪いし厳しいけれど、ガラス割っちゃうくらいの勢いで殴られたんだからダメージも大きいはずのケンゴくんを気遣っているようにみえた。
きっと可愛がっているからこそのそれが東さんの厳しさで優しさなんだろうなと思えて、私はそれを受け取ることにしたのだった。
――そこまではよかったんだよね、と思い返す。
問題はその後だった。
割れたガラスやお店の片付けに追われて自分のケアが遅れたのが、この熱の原因。
自業自得すぎて言い訳にもならないし、だから仕事を休むわけにもいかないのだった。
ただ重い体を引きずってでも、出勤してしまえばなんとなく頑張れるから不思議。
ガラスのあった部分には夕方に入れ換えてもらえるまでブルーシートが張られていて痛々しいけれど、それ以外はいつも通りの昼下がりだった。
「よう可那子、昨日は迷惑かけちまって悪かったな。風邪ひかなかったか」
「東さん!」
そこへ東さんがやってきて声をかけてくれた。
「大丈夫ですよ、お気遣いありがとうございます」
私がファイティングポーズをとってみせると、そうか、と言いながら東さんはいつものタバコとレジの脇にある棚から栄養ドリンクを1本取ってレジに置く。
「ああ、袋はいらねえ。ほら、これ」
そして代金を先に受け取りお釣りを手渡した私に、今買ったばかりの栄養ドリンクを差し出した。
「あの、これ…?」
勢いで受け取ってしまってから問うと、東さんがポツリと言う。
「まああんま無理すんなよ」
出遅れたありがとうございますを背中で受け止め、手を掲げて出て行く後ろ姿。
いつも一緒に仕事をしている同僚ですら気付かなかったのに、東さんは気付いてくれたんだ…。
そう思ったら少し、熱が上がった気がした。
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