きっかけなんて
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週明け、可那子は学校に来なかった。
「おはよう、八尋くん」
窓の外をぼんやり眺める八尋に声をかけたのは霧子だった。
「先週はごめんなさい、島袋さんとはちゃんと仲直りしたから」
「…いいよ、俺も悪かったし」
申し訳なさそうに言う霧子に短く返し、八尋は目を逸らす。
霧子はほっとしたように息を吐いてから続けた。
「ところで今日可那子ちゃんは?」
「…知らねえよ」
「付き合ってるのに知らないの?」
「は!?」
思ってもいなかった言葉に思わず大きな声が出ると同時に立ち上がる。
そんな八尋の様子に霧子もまた驚いた様子で訊き返した。
「え?みんなそう思ってるけど違うの?その傷も可那子ちゃんに誤解されたら申し訳ないなと思ってたんだけど…」
「……」
「そっか、でも八尋くんと付き合ってないなら他に彼氏いてもおかしくないよね、可那子ちゃん可愛いし」
霧子が、可那子が学校をサボるタイプだと思っているわけではないということは分かっていた。
おそらくは八尋をたきつけるために言っているのだということも。
八尋は何か言いかけた口を一旦閉じ、その後ぽつりと訊く。
「…あいつの家、教えてくんねえか」
「おう、八尋じゃねえか。霧子が世話かけたみたいで悪かったな」
「島袋さん…」
家は聞いたけれど真っ直ぐに向かえず何となくぶらぶら歩いていた八尋は、いつの間にか普段よく帝拳の海老原達と騒いでいる島袋の屋台の辺りまで来てしまっていた。
米商を卒業し赤城から引き継いだたこ焼きの屋台を営む島袋は、最近霧子と付き合い始めていた。
「どうした、何かあったか?」
いつもと様子の違う八尋に気付く島袋に、八尋は思いの外素直に話し出した。
「女とヤった後、他の女の名前呼んじまったらしくて」
「は!?お前なにやってんだ…」
「たぶん、霧子…」
「なんだとお!?」
八尋の話に呆れる島袋だったが、それが自分の彼女の名前だと知り驚きの声を上げる。
「これ。島袋さんたちのケンカのとばっちり受けたんスよ」
八尋は顎を上げて傷を見せた。
もうほとんど目立たないが、頬の下あたりから顎にかけて引っ掻いたような傷痕が残っていた。
「で、むしゃくしゃしてあいつ抱いて…ヤった後にこの傷のこと訊かれてそのまま寝たから…」
そこまで聞いた島袋は、申し訳なさそうにたこ焼きをひと皿差し出した。
「おう…、それはまた…なんか、悪かったな…」
「いや、からかった俺も悪いからいいんスけどね」
何故なら、その傷は霧子から島袋とケンカをしたと相談され、それに対し茶化したことが原因の傷だったのだから。
「つーか霧子もよく話してるが、お前その子と付き合ってんだろ?」
「島袋さんも、やっぱそう思うんすね…」
お世辞にもそういう事柄に強いとは言えない島袋でさえも考えうるほどに、ふたりは端から見ればそういう関係だった。
「なんだ、まさか遊びだってのか?だったらあの子が誰とヤろうが関係ねえってことだよな?」
「!!」
その言葉にはっとする八尋をよそに、島袋は言葉を続ける。
「それともあれか、付き合ってもねーのに自分のものになったとでも思ってたってのか?」
「――…っ!」
図星だった。
立ち上がった八尋は残りのたこ焼きを口に放り込み、
「すいません島袋さん、ありがとうございました」
そう残して走り出した。
***
可那子の家の近くの公園で、見慣れた制服を見つける。
「サボってんじゃねーよ」
「八尋!?なんで…」
予想もしていなかった人物の登場に、可那子は驚いてブランコから立ち上がった。
しかしすぐにその表情を曇らせると、八尋が決めて、と切り出す。
「あたしはやっぱ八尋が好き。だから関係が終わるのはツラいけど…誰かを想う八尋に抱かれるのは、もっとキツいから」
だから、と可那子はもう一度繰り返した。
「だから八尋に決めてほしいの」
八尋はため息と一緒に言葉を吐き出した。
「終わりにするわけねーだろ」
「……」
「つか俺の女になれよ、可那子」
哀しげな表情で俯きかけた可那子が驚いて顔を上げると、
「お前とはちゃんとしてえから正直に言う」
八尋は髪をくしゃりとかきあげてから話し出した。
「島袋さんには絶対言えねえけど、1年の時俺は確かに霧子にホレてた。けどそれはあくまで過去の話だ。…今は、」
「八尋…っ!?」
八尋は話しながら、可那子を強く抱き寄せた。
「今はな、お前が他のヤローと、とかマジで考えらんねーんだよ」
「八尋…」
見上げる可那子に八尋はやわらかく笑って見せる。
「好きだぜ、可那子」
「うん、あたしも大好き…!」
言いながらきゅっと抱きついた可那子を、八尋はもう一度強く抱きしめた。
八尋にとっては初めて入る可那子の部屋、そのベッドの上でふたりは抱き合っていた。
そこで可那子はそういえば、とずっと気になっていたことを口にする。
「なんで最初の時、あたしとしようと思ったの?」
「なんでって…」
それを訊かれて初めて八尋は気付いていた。
可那子の『いつにも増して』という言葉。
ずっと見ててくれたのかと思ったら、後はもう止まらなかった。
そうか、俺はあの時から…と考える八尋を可那子は意外そうに見つめる。
「それだけ?」
「きっかけなんてそんなもんじゃねえか?」
また強く抱きしめられながら問いに問いで返され、可那子はふふっと笑ってそれに返した。
「そう、かもしれないね」
(17,7,25)
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